偉大なる○○……「古色迷宮輪舞曲」

ネタバレしたらまずい作品ですので、ネタバレは脚注部分に一括してぶち込んであります。まだクリアしていないという方は脚注部分(文章の横にある数字リンク、ないしこの記事の一番下に分かれて書かれている箇所)は見ないように。本文中では開始直後に分かることと物語そのものに殆ど関係ないこと以外はネタバレしていません。

古色迷宮輪舞曲〜HISTOIRE DE DESTIN〜古色迷宮輪舞曲〜HISTOIRE DE DESTIN〜
(2012/07/27)
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シナリオが凄いと評判になった作品でして、確かに凄いです。そして聞き及んでいた通り、確かに「色んなゲームの要素を複合したような」面もありました。ざっと思い当たるだけでも5・6個はタイトルが浮かぶでしょうか。しかしそれらの名前を挙げただけで軽いネタバレになってしまうのでここでは伏せておきます。いや実際、既に「○○に似ている」というのを見てしまった人は頑張って記憶から抹消した方がいいレベルかもしんないっす。とはいえ「パクリ」というわけでは決してありません。確かに何処かで見たような要素かもしれませんが、しかし単純な流用ではなく、それらを(元ネタから)発展させ加工して、しかも幾つかの別作品のネタを融合させることによってさらに進化させて、さらにそこまで重ね合わせたことによってアクロバティックになりかけたそれをちゃんとコントロール出来ているわけですから。元ネタを知っていれば誰でも作れるというわけではないのは明白でしょう。そういった完成度の高さは目を見張るものがあって、つまりこれは是非やってみるべきだと、お勧めしたいものでもあります。

しかし完成度の高さも、お勧め”してみたい”理由も、単にシナリオだけではなく、別のところにも(別のところにこそ)あります。

正直、このゲームの感想を、普通に書いたら、8割は作品に対する不満点を挙げるものになってしまいそうなのです。ノート数ページ分プレイメモを書いてたけど、そのうちの8割がここがダメだよとかここをこうしてくれればとかの注文・不満だし。しかしその不満点すらも、そうである意味をちゃんと持って作られている。そこが素晴らしいのです。ぐうの音もでない、と言ったほうが近いでしょうか。全てが手のひらの上とも言えるでしょう。

たとえば、「言葉を投げかける」という本作独特のシステムがあります。テキストを読み進めていくと言葉を投げかけられるタイミングがあって、そこでどんな言葉を投げかけたか(あるいは投げかけないか)によって、運命量(ヒットポイントみたいなもの)が増減したり、あるいは通常のゲームの分岐と同じような機能をしたりする。このシステム、はっきり言って無茶苦茶に近いです。まず言葉を投げかけられるタイミングになると、テキストが表示される枠の横にちょっとしたマークが表示されます。その時だけ、言葉を投げかけることが出来るのですが、これが軽く理不尽入ってます。一番の問題は、そのマーク自体が、通常時に表示されるテキスト送りマークと殆ど同じ造形をしていまして、つまり非常に気づきにくいということです。

通常時

言葉投げかけ可能時

テキストウインドウ横の右下のちょっとしたマークの変化がそれです。これをいちいち気にかけてプレイしなければならないのです。しかもたった1クリック・2クリックしたら言葉投げタイミングが終わってしまう場合もかなりあります(てゆうか重要な分岐以外はだいたいそう)。要するに、プレイヤーは、地雷原を歩くかのような慎重さで、1クリックごとマークを注意しながらプレイしなきゃならなくなるわけです。
これは非常にやっかいです。難儀です。テンポよくカチカチクリックしてたらやべえ逃しちまったみたいなことはしょっちゅう起きるし、適当に読み飛ばすようにクリックしてても当然逃してしまいますし、かといってのめり込むように集中してテキストを読んでるとマークが視界に入らず逃してしまう(ちなみに『Steins;Gate』のフォーントリガーでも自分は同じようなことかましまくりでした。テキストに集中してれば集中しているほど、こういうテキスト外のモノって意外と目に入らないんですよね)*1、なんてことが頻出する。だからゲームプレイのことだけ考えれば、この「言葉を投げかけられる」タイミングの表示形態と表示時間は、決して良いとは言えない。
ですけど、しかし、そうであるにも関わらずわざわざこんな風にした必然性が、ゲーム開始速攻で語られています。

サキ「その一瞬、自分の行動、輪の中にいる人間の行動、言葉――全てに注視しろ。見逃すな。聞き逃すな」
サキ「人の運命を変える手立ては、一瞬と考える時間に含まれている。言葉であれ、行動であれ……変化を逃してはならない」

運命を変える手立ては一瞬の中にある、だから一瞬を見逃すな、とサキが主人公に語っているのですが、しかしこれは同時にゲームシステム的に私たちプレイヤーに語られていることでもあります。言葉を投げかけるタイミングは一瞬で(1・2クリック程度で)消える、だからそれを見逃すな、と。ちなみに「一瞬」というのはゲーム中で「5〜7秒」と定義されていて、それはまさに、私たちの1クリック・2クリック程度の長さでしょう。

要するに同じような構造にしたわけですね。一瞬も見逃してはならない主人公くんの状況と同じものを、プレイヤーレベルでも再現している。この作品の凄いところは、このように、ありとあらゆるエクスキューズに対し常に既に答え/必然性を用意しているところです。たとえば、先にも書いたように、言葉を投げかけて運命量を変化させるのですが、これがメチャクチャ難易度高い。すっげーぽんぽんと人が死ぬます。チュートリアルでは「言葉を投げかけてキャラと会話のようなものが楽しめます」みたいなこと言ってますが、正解ではない言葉を3回くらいかけたらすぐキャラが死んじゃうので、会話もクソもあったもんではありません*2。いやそのキャラに正解の言葉でも、何故か全然関係ないキャラが死んじゃったりすることも多々あります。有名な「紅茶地獄」などは酷いもので、紅茶の入れ方を間違ったらキャラが死んで、普通に紅茶を入れてもキャラが死んで、正しい紅茶の入れ方をしてもキャラが死んで、わざわざ攻略サイトを見てやってもやっぱりキャラが死んでと、マジで意味分かりません。全員スペすぎです。しかしその苛酷すぎるシステムが、物語に合ってる/物語上そうする必然性がある、というのは言うまでもないでしょう。ほんの些細な「一瞬」の差で、誰もが簡単に死ぬ、そういう狂った運命である、ということがこのように実現されている。しかも誰かが死ぬ度に、その章の最初に強制的に逆戻りされるわけでして、つまり繰り返しのループすら、このように物語上・システム上に、主人公上・プレイヤー上に、同時に・同じ意味で実現されている。

こういうところがこのゲーム、ちょっとシャレにならない領域です。たとえば言葉入力システムというのは、マウスカーソルを画面左端に持っていくと候補のワードが出てきて、そこから何かを選んで入力するというものなのですが、しかしこれはゲームとしては軽く破綻しているレベルです。なにせ初期状態で150くらいワードを持っていて、そこから1個を選ぶというシステムですから、ハナから入力する言葉が決まっていれば話が早いですが、どれを入れたらいいんだろうと考えながらの場合はたまったものじゃありません。150ものワードを見ながら「これかな、これかな」と選んでいくわけですから、労力が半端ないのです。しかも2・3回間違っただけで誰かぽんぽん死んでいくわけですし。さらに、最大250以上の数のワードがあるわけですが、クリアまでに必要なのは大体50個くらいなんじゃないでしょうか。つまり200個くらいは(本編においては)ダミー。しかしそれすらも、わざわざそんな風にする理由は納得できるものが用意されているわけです(以下ネタバレなので脚注)*3

このように、このゲームは本当に隙がなく美しく作られている。たとえば僕の場合は、途中から主人公に感情移入できなくなり(つうか嫌い・ムカつくレベルになって)なんだこりゃやってられっかーという感じだったのですが*4、プレイした人なら言うまでもないので詳細は省きますが、それにすらもちゃんとした説明を付けることが出来る。もちろん感情移入できていたら出来ていたで、それもまた説明できる。どちらにしろ、作り手にとっては想定内で、手のひらの上なわけです。本当に良く出来ています。また自分はキャラクターに全然魅力感じなくて、唯一舞さんだけ可愛いなと思ったのですが、ラストまでやれば誰もが分かると思いますが、それもまた理由が付けられる。いやまあその辺は、あくまで個人的感想でもあるのですが、しかしこんなところまで作りこんでるとかちょっと信じられません。性格も外見も舞さんが一番正統派萌えキャラ造形である理由も、そこで説明されています。

要するに、この作品は本当に隙がないのです。完璧に出来ている。なんだかんだいって結局不満点ばかり書いてしまいましたが、それすらも全て説明が/必然性が付けられている。そこが末恐ろしいくらいであり、どうしてもこの作品を低評価できなくなるくらい偉大で、美しいものだと思いました。いやぶっちゃけるとですね、プレイしてて全然楽しくなかったのですよ。もちろん個人差はありますが、自分は、システムにしろシナリオにしろ苦しい時間の方が圧倒的に長かった。しかしとんでもないことに、そう思ってしまったことの必然性すら説明が可能である*5。マジでありとあらゆる面で隙がない。つまり恐ろしく完成度が高い。まあ言葉入力システムの使い勝手の悪さとかがまさにそうであるように、「そうするのは理に適ってるけどそうしたら楽しくなるかどうか」という点が結構抜けてるんじゃないかってところもあって、そこがどうかと思わなくもない―――てゆうか、これで楽しかったら文句なく100点だったのですが。しかしいずれにせよ、これほどまで綺麗に編みこまれた作品は見たことなく、それだけでもこの作品は「偉大」と言うに相応しい。つまりボク個人の感想を一言でいうと、「偉大なる惜しい作品」です。もうちょっと楽しかったり嬉しかったりあるいは心に響いたり出来ていれば100点だったけど、しかしこれでは80点くらい、けれどただの80点ゲーではなく、精緻な計算の上組み上げられた迷宮のような、このあまりの完成度に、「偉大である」と言わざるを得ない、そのような感じです。
勿論これは、ただの個人の感想(クオリア)であって―――なにせ「楽しいかどうか」という非常に個人的な尺度を最も重要視しているのだから―――、つまりですね、ボクはそう思えませんでしたけど、誰かは、あなたは、「楽しい」と思えるかもしれない。そうしたらきっと100点か、それに近いレベルになるのではないでしょうか。つまり「偉大なる大傑作」になるのかもしれない。「偉大なる○○」の「○○」に何が埋まるかは、人それぞれなのです……勿論、そのこともやっぱりゲーム内で説明されています*6
だからお勧め”してみたい”。あなたの目にはこれがどう見えるのか。それをこそ聞いてみたい、そんな作品です。

*1:ちなみに集中してれば集中しているほどマークが目に入らなくなる、というのは、物語上理に適っています。主人公とプレイヤーは別物なのだから、主人公と同じレベルで物語世界にのめり込んではならない、のめり込んでいては運命を変えることは出来ない、ということ。勿論適当にクリックしててタイミングを逃してしまうというのは、運命を操作するにはあまりにのめり込みが少ないということになります。

*2:しかし「古色迷宮輪舞曲」の説明としては完璧に合っているので、わざとこんな説明書いたのかと疑います。言わば、(舞さん以外は)誰もプレイヤーの声を聞いてくれないからこそ、この説明の通りにいかなかっただけでしかない。

*3:使わなかったワードも、「古色迷宮輪舞曲」の章でようやく使えるわけですが、だからこそそこの章題とゲームタイトルは一緒でもあるわけです。つまり、プレイヤーの声を聞ける=ありとあらゆるワード(……そこでも無反応ワードはあるので、「殆ど」ありとあらゆるワードですが)に意味が生まれる=つまり、物語が欲している言葉ではなくプレイヤーが発している言葉を聴いてくれる唯一のパートであり、つまり唯一、私たちプレイヤーがちゃんとゲームと一対一で向き合えている瞬間である。私たちの色んな言葉を聴いてくれる。本編というのは実は、言葉入力システムがありながらも、実際に入力できる言葉は限られていて、つまり事実上の一本道と変わりありません。もうちょい整理して言うと、私たちは言葉を入力できますが、それを聞いてくれるのは正解の言葉=物語が欲している言葉のみであって、つまり言うなれば、”私たちの言葉なんか聞いてくれてない”のです。ここが非常に良く出来ていまして、実際何を選ぼうが正解は一つしかないし、私たちの言葉を何も聞かないで彼らは決めていくわけじゃないですか。主人公はサキを見つけるために他の皆をぶっ殺してしまうことをプレイヤーに何の断りもなく勝手に決めてしまうし、もういいよ一葉とずっと暮らそうぜ、和奏と一緒に居たほうがいいよ、なんて僕らの願いを物語は受け入れてくれない(いわゆるバッドエンド的なものにしかならない)。つまりですね、月が星の声を聞かないように、行人がサキの声を聞いてないんじゃないかと危惧されたように、主人公は、物語は、僕たちの声を本当は聞いてくれていないわけです。聞いてくれるのは、必要な言葉だけ―――しかもそれは、「私」の言葉を求めてはいない。つまりプレイヤーであれば何でも誰でもいいのです。プレイヤーが必要とする言葉を投げかけることのみが重要であって、そこにはプレイヤーの中の人である「私」が介在する余地が事実上ゼロである。要するに、物語を進めるためにその言葉が必要だからその言葉を受け止めてくれているわけであって、だから他の言葉を入れればキャラクターはぽんぽんと死んでしまうわけであって、つまりプレイヤーというのは(その言葉は……言葉入力システムは)完全に「機能」としてしか存在していないわけです。なまじ言葉入力システムがあるから、なまじ候補の言葉があんなにたくさんあるから、だからこそそういった面が際立っているとも言えます。それを超えて、私たちプレイヤーを”ひとりの人間として”受け止められるのは舞さんだけであって、つまり、舞さんと一対一で向き合えるこの「古色迷宮輪舞曲」の章だけが、私たちの沢山の言葉を聞いてくれて、私たちを人間として扱ってくれて、私たちがゲームに私たち自身として参加できる、唯一の場面である。―――だからこそ、「古色迷宮輪舞曲」という、ゲームタイトルと同じ名を冠するのに相応しいのです。

*4:半ば愚痴になりますが、中盤から「ロスト」辺りらへん。皆を利用して不幸にしたりとか、さらには皆をぶっ殺すとか、ボクはてんで納得してないし、そもそも主人公自身納得しているのかと。自分でぶっ殺しといて後々振り返って「あの地獄」とか言ってるんですもん、あり得ない。『装甲悪鬼村正』の雪車町さんの台詞がマジに身にしみます。   ―――「てめェはくだらねえ半端野郎だ」「てめェは、”嫌々”、やってるじゃあねぇか」「嫌々ながら、やった奴自身が納得もしてねえような理由で、殺されちまった方の身になりやがれ! 馬鹿馬鹿しくてしょうがねえだろうがぁ!」(共通ルートで、景明くんに対して言っていた言葉。英雄だというのならもっと堂々と殺せ、悪鬼だというのならもっと嬉しそうに殺せ、と)―――   酷いことをする前に、「迷ってしまうから」と言って見なかったり聞かなかったり逃げたりする、そういう態度が/覚悟が我慢ならないわけです。人をぶっ殺しておきながら、主人公は乗り気じゃないし、プレイヤーであるボクはそれどころじゃなく嫌々だった。なのに殺さなきゃならないとか何なんだと(そもそも殺す以外の道を何回も試してやっぱダメだそうするしかないと行き着いたならともかく、あっさりその道に入っているのだから余計納得できない)、心底ダメだったのです。こんなの納得できないし、こんなのに感情移入するなんてあり得ない。あり得ないのですが、しかしあの主人公とプレイヤーの分離……元々それらは分離されていたということにより、「感情移入できてないなら出来ていないでそれは正しい」ということが証明されてしまった。もちろん感情移入できていたらそれもまた正しいわけですが。どちらにしろ分離の手続きは行われるわけですからね。どちらにしろ、作り手にとっては想定内で、手のひらの上なわけです。だから本当に、隙なく良く出来ている。

*5:狂った運命であり、”悲劇へようこそ”であり、つまり「23時間59分59秒は辛く苦しくても」「そうではない1秒があれば肯定される」。なにせ(サキ曰く)”そういう物語”なんですから、僕たちプレイヤーが”そういう感情”を抱いたとしても、それは正しい/それでも正解なのです。プレイヤーと物語の構造的相同性が成り立っている。ちなみに「舞プラス」が最後の最後にほんの僅かな時間しかない理由も、そこに求められるかもしれませんね。   ―――サキ「私は……これを幸せだと思う……」「だって……行人に触れることが出来ている」「この一瞬だって、一秒だけでも、私は幸せなんだ」「この運命を一日に変換すれば、23時間59分59秒は、辛く苦しい時間だったかもしれない……」「でも、この1秒に辿り着けただけで、私は幸せだ」―――   最後の1秒だけでも、この主観で遂に行人と触れ合えたことがサキにとって幸せだったように。最後の最後に、全体のチャプターから見ればほんの1秒くらいの長さだけれども、この主観である私たちプレイヤーと舞さんが触れられたこと。それが幸せだったかどうかは個々人のクオリアに委ねられるけれど、それが1日の中に1秒だけ残った時くらいに貴重なものであるのは確か。

*6:舞「私たちとの出来事を通じて、感じてもらえた何かがあれば、きっと、それも<<あなた>>だけのクオリアだよ」(「古色迷宮輪舞曲」で「クオリア」投げかけたら)