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笑えるエロゲで打線組んだ・現代版

笑えるエロゲで打線組んだwww
というブログ記事をいまさら見つけたので&エロゲ好きで野球好きでブログ書いてたら一度くらいはエロゲで何かの打線組んでみたいと思って。

だいたい笑えるエロゲの話になると「俺つば」とか「ひまチャキ」とか「つよきす」とか、さらに遡って「それ散る」とか「秋桜の空に」とか「Rumble~バンカラ夜叉姫」とか、古いゲームの話に終始することが多いのでここは逆に現代の(2010年以降の)ゲーム限定であげてみる。



1:(二)フツウノファンタジー(2012)
たとえば大爆笑をホームラン、思わず声出して笑っちゃうようなのを長打、クスっと笑うのを単打だとすると、このゲームはホームランは殆どないのですが単打をめっちゃ打って二塁打三塁打もたまに打つ、そんな優秀な一番打者のお手本みたいなゲームです。ゲームタイトルの印象とは違って、いやある意味タイトル通りか、この作品はドラクエとかFFとかの「普通の」ファンタジー(というかJRPG)をメタパロディしまくったみたいなゲームでして、そのパロディの勢いと鋭さが切れ味良くてめっちゃ笑えるのです。まあ言葉で説明するよりも、このゲームは20分もプレイすればどういう笑いを仕掛けてくるのか十分に分かるタイプですので是非とも体験版をやってみましょう。
欠点としては序盤はギャグ多いしめっちゃ笑えるのですが、だんだんと笑いどころが少なくなる、ゲーム進めれば進めるほどギャグの質や切れ味が落ちてくるとかそういうことではなくて単純にギャグ自体が無くなってくる、というところがあります。春先は首位打者狙えるくらいなんだけど交流戦あたりから徐々に勢い落ちていって、夏頃には行方不明扱いされてる、そんなタイプではある。


2:(中)プラマイウォーズ(2015)
現代笑えるエロゲ界の代表格でもあるメーカーAsaプロジェクト、その最新作にしてこれまでと異なった面を見せる意欲作がこちらになります。今までのAsaプロの作品というのはですね、笑えるところはすごく笑えるのですけど、笑えないところは全然笑えない、てゆうかギャグが存在していない箇所が多々あるというものでありました。これは単純に、複数ライターで書かれているのですが、ギャグが上手い/ギャグを書かれるライターさんがおおよそ一人しかいなくて、その方が担当していない場面はギャグや笑いがそもそも存在しなくなる、といったところに理由があります。その代わり笑える箇所は打率も良い上にホームランや長打もガンガン打ってきます。今までのアサプロの作品は『めいくるっ!』以降ずっと基本的にそういう形であったわけです。しかしこのAsaプロ兄弟の末っ子は、兄たちと違って全ての共通ルート全ての個別ルートに笑いがあるのです。笑いを書けるライターさんが2人だか3人だかになったおかげで、今までと異なりちゃんとゲームの隅から隅まで笑いとギャグがある。ただ同時に、今までの作品はホームランとか長打クラスの大きい当たり(大爆笑できるネタ)が結構あったのですが、今作ではそこが弱くなって、笑いは増えたんだけど爆笑は減った、長打は減ったんだけど単打は増えた、そんな感じではあります。HR・長打に関してはアサプロ兄弟の中で一番しょぼいかもしれないけど、打率に関しては郡を抜いている。


3:(右)らぶおぶ恋愛皇帝 of LOVE(2013)
笑いのポテンシャルに関しては笑えるエロゲ球界最高レベルといっても過言ではない。とにかく会話のセンス、言葉のセンスがずば抜けてますしなんかもうとにかくみなさん買えばいいよ!やればいいよ!とかそんな感じです。俺はこのゲーム好きすぎて愛しすぎてそれでいて妬ましすぎてなんか語ろうとすると感情の交錯からゲロ吐きそうになるのであんま語りたくない。今も吐きそうである。
世間の評判的には「合う・合わない」が結構あるみたいでして、ポテンシャルは評価するけどそれを上手く発揮できていないんじゃないか、なんて評価もある。それこそ現役選手でいうならイメージ的には昨シーズンの梶谷(De)とか丸(広島)のような、ポテンシャルの高さをいまいち活かしきれていない、ガンガン振ってくるタイプなので当れば怖いけど三振量産になるかもしれない、そんな感じではあります。


4:(指)恋愛0キロメートル(2011)
『プラマイウォーズ』とは打って変わってガンガン振り回し長打打ちまくる時代のAsaプロ代表作。ひとつのネタの破壊力、笑いの威力という意味では最高レベルの作品です。また結構きわどいネタとか変り種のギャグとか「そこでボケるの?!」みたいなシーンでボケたりとか、かなり攻めてる笑いを見せてきます。言うなればボール気味の球とかワンバンしそうな球もガンガン振ってそれをなぜかスタンドに運ぶとかそんなタイプ。勿論例のごとくのAsaプロなので、たとえば個別ルートの半分くらいはまったく笑いがない(ギャグの質が下がるとかじゃなくて普通にギャグがなくなる)みたいなところもあります。調子悪いときはまるで打てなくなるけど、絶好調時は何でも遠くに飛ばせるタイプ。


5:(一)アッチむいて恋(2010)
これも『恋愛0キロメートル』と同じAsaプロ作品。特徴も前者と同じで、笑えるところはすっごく笑えるのだけどゲーム全体の半分くらいはギャグや笑いそのものが存在しなくなる。ただ笑えるところは本当に笑えて、また「恋愛0キロ」よりもオーソドックスというか王道的な笑い・ギャグが多いのでこちらの方が万人受けするんじゃないかという気もします。あと何気にシナリオも良い。Asaプロ史上一番良いと言っていいのではないでしょうか。つまるところ、コンスタントにヒットを打つし大きいのも飛ばせる、シナリオ(守備)も良い、でもやっぱり調子が底の時は自動アウトになるみたいなタイプ。


6:(左)ラブラブル(2011)
『らぶでれーしょん』以降、どれもこれも死ぬほどイチャイチャして狂いそうになるほど萌えてなおかつギャグがえらく笑えるというゲームを送り続けている名門SMEEから。一般的には萌えゲーとして知られていますが、実は笑いも素晴らしいものを持っています。ちなみに他のSMEE作品も遜色ない笑い力ですが、あえて一発長打の面から見るとラブラブルが一番かなぁと。ただ基本的には笑いやギャグのゲームではなく、萌えゲー・イチャラブゲーなので笑いの要素はメインではない、てゆうか後半になればなるほど(笑い・ギャグは)どんどんフェードアウトしていくという面もあります。才能的にはトップクラスなので、仮にもしSMEEがギャグメインの作品を作ったらとんでもないことになるんじゃないかなあ。


7:(三)追奏のオーグメント(2012)
本当にきわどいゲーム。何もかもがきわどい。まるでコントのようなやり取りとか、「であるからして~」みたいなお前そんなとこ着目すんのかよ!的なあるあるネタ、はっちゃけたキャラなどできっちり笑わせにくるけれど、同時に下ネタがもう手の施しようがないほど多くて、多分人によってはメーカー名通り「地雷」になる。つうか僕も繰り返されまくった生理ネタなんかには本当に嫌悪感覚えましたしね。シナリオも十年以上前のエロゲみたいなめっちゃエッジの効いたもので個人的には高評価なんですけど、人によってはやはりこれも「地雷」だろう。笑えるけど地雷かもしれない、あるいは笑いが逃げ切るか嫌悪感に追いつかれるかのチキンレース、そんな感じです。


8:(遊)あえて無視するキミとの未来(2012)
さすが主人公の所属している部活が漫才部というだけあってすごく面白いです。会話でボケをかましさらにボケをかましさらに…というボケまくりの会話の勢いで攻めてくる。ツッコミ不在のダブルボケ、ボケの応酬で笑わしていくスタイルです。荒削りだけど手数と勢いで強引に笑いに持ってこれる。とはいえ当然ながら笑いがメインのゲームではないのと、スタイルが独特なので人によって合う・合わないが結構分かれるところがあると思います。実に体験版を触ってみるとよろしいかと。


9:(捕)ひのまるっ(2010)
最近のエロゲシナリオライターでギャグ書くのが上手い人と言えば、上にも出てきたAsaプロの人、SMEEの人、はと氏、そして籐太先生が個人的には思い浮かぶわけです。その籐太作品の中でも最もギャグゲー寄りなのがこちら。いわゆる奇人変人な登場人物たちと楽しくワイワイ過ごす系のゲームではあるのですが、そこに籐太先生ならではのシビアさや厳しさ・残酷さ、妙なシュールさ、言語センスの良さ、はっちゃけるというか謎の展開、などが混入されていてさらに楽しくなっております。たとえばエッチしてたらチンコ抜けなくなって困ったどうしようってネタだけで個別ルート全5話くらいの内の1話を使い潰すとか本当どうかしてる。笑い・楽しさのイメージとしてはタカヒロ・さかき傘・はと、三者のちょうど中間みたいな感じではあるのでこの人たちの作品が好きな人には(どし黒でも桜花センゴクでもいいけど)特にオススメしたいです。


先発:はるまで、くるる(2012)
ド直球。下ネタ、きわどいネタ、シュールなネタ、何人が付いてこれるんだみたいなネタ、いたって普通にまっとうに面白いネタ、それらを150km越えストレートでガンガンぶん投げてくる感じです。荒れ気味の豪速球で強引に押し切る戦法。とはいえ荒れ気味(エッジの効いたネタだらけ)なので、人によっては四球・デッドボール連発になるかもしれない。そんなわけで合う・合わないは大きそうだけど、合う人にはたまらないものがあります。シナリオも素晴らしいですしね。


中継ぎ:ド田舎ちゃんねる5(2010)
田舎の学生たちが自分たちでローカルテレビかなんかの番組を作るっていうゲームなのですが、そのテレビ番組がクッソ面白いのです。しょーじきテレビ番組以外の部分は笑えるとこ全然ないのですが、番組部分だけはガチ。ゲーム全体における何十分の1とかそれ以下くらいの分量しかないですけど、しかしその僅かな部分が、笑いを取れる武器になっている。まあ絶対の鉄板ネタというほどではないですけど。つまりたとえるなら颯爽とやってきて左打者殺して帰っていくけど打たれる時は打たれる2015九古(ヤ)とか満塁でど真ん中ストレート投げて殺していくけど打たれてる時は打たれる2015長田(De)みたいな優秀な中継ぎピッチャーという感じ。


抑え:なつくもゆるる(2013)
メーカー・ライターの前作『はるまで、くるる』と似たギャグ・笑いなのですが、より鋭く・激しくエッジが効いてて、つまりより豪速球になっている感じです。てゆうかもう石直球と呼ぶのが死ぬほどふさわしい。そんな感じの笑いです。


あとは俺つばアフター(2010)とか、まじこいS(2012)、あの晴れわたる空より高く(2014)、桜花センゴク(2010)、どうして、そんなに黒い髪が好きなの?(2014)、SMEEの他の作品などもオススメです。個人的には東ノ助作品とか新島夕作品におけるギャグなんかも好き(ギャグメインの作品では全くないけど)
ただまあここまで書いといてアレですけど、笑いとしての評判高かった「アドレセンス」や「ねえちゃんごめん」が個人的にはイマイチだったように、あるいはお笑い芸人やバラエティ番組やギャグ漫画の笑える・笑えないがそうであるように、「笑い」については本当に個人差大きいので、実際これらのゲームもやったら笑えるかどうかはわかんねえっす、悪いことは言わないので体験版やるといいっすとかそんな感じです。

好きなエロゲソングの話

自分が好きなエロゲソングを挙げながらなんか適当にくっちゃべるので気が向いたら曲を聞いたりさらに気が向いたらゲームを買ったりしてくださいとかそういうアレです。

inliyor/Rita(SEVEN-BRIDGE、2005)

https://www.youtube.com/watch?v=xvhP2ffqNAU(歌はともかく映像はクッソネタバレなので注意)
個人的には、その曲自体が作品に対するいちばんの解説であって批評であって意味づけみたいに感じられる曲が大好きなわけで、そしてその代表格みたいなのが『SEVEN-BRIDGE』エンディング(映像も含めて)。まず歌詞がいい。曲もいい。歌声もいい。そして流れる映像もいい。つまり全部良い。「要するにSEVEN-BRIDGEはコレなんだ」と言ってしまえるような強さがこの楽曲・映像にはあって、だからもう、いつ、何度この歌を聞いても涙ぐんで胸がグッとくるくらいに素晴らしい。『SEVEN-BRIDGE』は未完成、みたいなこと世間ではよく言われますし実際に途中がダイジェスト状態になってるのは否めないのですが、でもEDがこれならいいじゃないか、終わりは完膚なさすぎるまでに描かれているのだからそれでもういいじゃないか彼と彼女にとっては完全じゃないか、と強引に納得できるくらい強い曲。

Little Riddle/WHITE-LIPS(さくらシュトラッセ、2008)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm23359201(後半・5:00過ぎから)
そういう意味では『さくらシュトラッセ』のED曲もめっちゃグッときました。正直プレイ中はですね、個人的にはいまいちピンとこないところあったゲームだったのですが、ED曲が流れるや「ああ、こういうお話だったのか!」と電撃のように理解が走る。そうですここで歌われているようなお話だったのです、そしてヒロインはここで歌われているような女の子だったのです。いや実際に曲自体がそういった考えの元に作られ歌われたのか知らないですけど、しかしEDでこんな曲が流れてしまったらもうそう思わずにはいられないし、そう思うことでゲームがずっとステキなものになる。

Farewell Song/Lia(AIR、2000)

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素晴らしいED曲と言えばイントロが流れるだけで鍵っ子の人が死ぬと噂されるこの曲。僕も元はと言えば鍵っ子とかだーまえ信者とかそういった方面的な輩でありKeyの楽曲は何千回と聞いてきたわけですが、巡り廻って今となってはこの『Farewell Song』が一番、ノスタルジックな気持ちと新鮮な気持ちを良い塩梅でもたらしてくれるわけです。だいたい歌詞からして終わりはそのまま新しいはじまりであるということを最後にほんのりと指し示していますからね、この最後にほんのりさが良いのです、それはそんなこと言われたところでスムーズに移行できるわけがない『AIR』をプレイし終わった直後の感慨にぴったりであり、同時にかつて鍵っ子とかだーまえ信者的なものだった人間の今の心情に寄り添った言葉でもある。それはそうと歌詞といえば「野道の先で赤く生るほうずきせがんで~同じ風景あるならいいね」のくだりはいまだに道歩いてて草むらとか何かの実がなってる木を見かけると別にほおずきでも何でもないんだけどでも確実にこの詞が脳裏に浮かんできたりするくらい最高の歌詞のひとつである。

ハナのオト/柳麻美(キミへ贈る、ソラの花、2012)

www.youtube.com
ここまで挙げてきたようにED曲は(ED曲だから当然なのですが)作品内容に深く関わっているものが多いのですが、そういう意味でも、単純に曲の良さという意味でもこの「ハナのオト」は素晴らしい。てゆうか『キミへ贈る、ソラの花』は、ボーカル曲だけではなくBGMも全曲めっちゃ素晴らしくて、いまだに何度もサントラを聞いています。このED曲もyoutubeの音質じゃよく分かりませんが、初回版についてくるサントラだと二つのバイオリンが歌詞の通り一つ一つのメロディが重なってひとつの音色になっていく、一人じゃないよと差し出された手を繋ぐのがよく分かるし、それは同時に物語の中の彼と彼女のことでもあるというのが何よりよく分かる。そして悲しみも喜びも空へ溶けていって、涙も空へ帰っていくのです。こんな曲をエンディングで流されたらもう素晴らしいとしか言いようがありません。物語をこの音が定位していると言っても過言ではない。あとこの作品はOP曲(キボウのソラ/霜月はるか https://www.youtube.com/watch?v=cTEPn2RoZRI)もまた良いのです。これも作品にとてもよく合っています。

Girl's Spirit/Rita(屋上の百合霊さん、2012)

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ボーカル曲だけではなくBGMもとっても良いエロゲといえば『屋上の百合霊さん』もこれがまためっちゃくちゃ良いわけです。登場人物みんな女の子で、女の子が女の子だらけの学校に通って女の子と会話して女の子と仲良くなって女の子とイチャイチャするという女の子だけで構成された永久機関みたいなゲームなだけあってそもそも画面のインターフェイスからボーカル曲からBGMまで徹底して女の子時空を展開しまくっています。そしてそれが物凄く心地良い。起動すると音楽鑑賞モードみたいなとこクリックしてそのまま永遠にBGMを聞き続けてしまうタイプのエロゲです。その中でもやはりOP曲は作品を象徴して女の子時空となんかそこに微妙に孕まされる思春期女子的な不安感とか勇気や勢いみたいなのも感じられて特に永遠に聞き続けてしまうタイプのOP曲。個人的には前述『キミへ贈る~』と並んで近年の(BGM含めた)曲が良いエロゲのツートップです。


あと作品内容とED曲の関係、といえば『マブラヴ オルタネイティヴ』のED曲が、これがEDで流れるというのが個人的に感動や感激や興奮だったのですが曲へのリンクを貼ったら台無しなので貼らない。実際どうなのかは実際プレイして実際確かめてみよう!

Princess Bride!/KOTOKO(プリンセスブライド、2003)

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Princess Brave!/KOTOKO(プリンセスブレイブ、2004)

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Sledgehammer Romance/KOTOKO(プリンセスブライド、2003)

http://www.nicovideo.jp/watch/nm2702915
何度聴いても「これ天才じゃね?」ってなる圧倒的な歌詞と圧倒的な曲と圧倒的な歌唱力で魅了して止まない『Princess Bride』OPとED、『Princess Brave』OP曲。世間的には電波ソングみたいな感じで名が知れてるとこもあったかと思うのですが、実際はそんなことなくて、あとアイマスの曲でもなくて、てゆうかこれらの楽曲は作品内容を見事に表現しててですね、たとえばこの『プリンセスブライド』ってどんなゲームなの?と問われたらこの曲聴けよ!と返すだけでQ&A完成すると言っても極端な話過言ではない、そんな曲たちなわけなのです。いやというかむしろ作品内容を曲の力で定位できる(したくなる)くらい楽曲に力ありすぎんだろこれ、という話でもあるのですが。超が付くくらい珠玉の名曲です。

カンデコ/茶太(愛しい対象の護り方、2011)

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ED曲が作品内容を表してたり批評してたり定位してたりするというのは勿論OP曲にも言えるわけです。たとえば、OP曲がイイ!!という理由でエロゲ買ったことがあるでしょうか? 僕は二度ほどあります。いや正しくは元々そのうち中古で安くなったら買おうかなぁくらいに考えてたので曲の良さだけが購入理由というわけではないのですが。で、この「カンデコ」。人生色々あるし困難もたくさんあるけど諦めず負けずめげず頑張るっていう歌詞を抑制の効いたテンポと楽しさが混じった、それでいてほんのり手拍子入ってるように孤独じゃなさもほんのり示してるような曲に載せてお送りしてくるわけですよ。苦境に陥っても諦めないこと、頑張ること、そんな強さ(それは苦境に陥ってるように他者を打倒し尽くす圧倒的な強さではないけれど、自分自身には負けないという強さである)と、共に歩む仲間の存在が、それに依存したり左右されたりするほど大きくはなく、けれど確かに居ると感じられる。そんな歌を聴かされると、じゃあもしかして『愛しい対象の護り方』もこの曲みたいなゲームなのかな?って思っちゃうわけです。だから買うのです。そしてゲームをプレイしてみると、実際はこの曲そのものみたいなゲームというわけではなかったのですが、しかしこの曲を作品理解・解釈の基底に置くとめちゃくちゃ良いゲームとして楽しむことができたわけでありまして。つまりこの曲があったからゲームを何倍も楽しめた、自分にとってはそういうことでもあったのです。

Rolling Star☆彡/Larval Stage PlanningキサラギGOLD★STAR、2010)

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そしてもう一つの「曲がいいから」で買ったゲーム。てゆうかエロゲソングの中で一番好きな曲です。だってもう「懐かしい遊びルール 今も覚えてるかな 確かめたくて」とか「伸びる丈に追いつけない心ふわり風船にくくりつけ 空の向こう側の明日へ届け」とか「指でなぞる飛行機雲ねえ白いゴールテープみたいだね 誰が一番先に着くか競争しよう」とか「ドキドキしたいな(突然のキスをあげる)」とか、そんなこと言われたらさぁ……!! 思わずただの歌詞列挙マンになってしまった。てゆうかね、最初何とも思わなかったしむしろ「ぱぱら~」が主題歌なのかな?くらいに思っていたのですけど、しかしこの曲の歌詞をよく読んだら、「もしこの歌詞の通りだったらとんでもない超傑作なんじゃないか……?!」ってなってしまってそれで買ったわけでありまして、そしてある程度は”そう”だったのです。家が隣同士でずっと一緒だった幼なじみ連中だけども十代後半になってそれぞれ自分の道を見つけ出したり仲がギクシャクしだしたりあるいは恋愛感情に発展したり、昔と違ってずっと一緒にいるわけではなくなったのだけどそれでも朝の登校時に隣に住んでるんだからやっぱり一緒に出て行ったり、お互いの家に入る機会はめっきり減ったけどそれでもベランダで偶然出くわせばそこで長話もするし、くだらない話や気を遣わない会話が一番出来るのはやっぱりこの皆だし……たとえばそういう感覚が歌の中にもゲームの中にも存在している。懐かしい遊びのルールを相手は覚えてるのかな?という郷愁感と信頼感。この、成長し変わっていく幼なじみの関係を誇張せず生々しくせず大仰にせず、歌のように、優しくキラキラと輝いてるものへデフォルメしているのです。そして同時に、飛行機雲を無邪気にゴールテープに見立ててみんなでそこを目指して走っていく……それは当然それぞれのゴール、幼なじみたちの別れと新たな旅立ちを示唆しているのに、それに気づかず無邪気に走っていく、そういう途方もないせつなさもある。作詞はKOTOKOさんですが、『はつゆきさくら』のたしか「Presto」の時は新島夕から作詞に関して何度もリテイクが入った、ということがどこかに書いてあったのですが、恐らくこの曲の作詞も(『ナツユメナギサ』の曲なんかも)ゲームのシナリオを前提として書かれているものだと思うのですが、だからこそある意味せつなくて悲しい歌詞でもあるんですよね。真面目に考えたら『はつゆき』よりも『ナツユメ』よりも『カミハミ』よりも、『キサラギ』はよっぽど残酷なお話ではあるのですが、同時にたとえそうであってもそれは星と同じでキラキラと輝いてるものであって、そして星と同じで掴めない・近づきすぎない状態の時がいちばん安全で輝いているものであって、物語のそういう部分を曲においても綺麗に表現している……というか物語のそういう部分を上手く、優しく包み込んでいる、そんな曲でもあると思います。

Presto/KOTOKO(はつゆきさくら、2012)

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ちなみに『はつゆきさくら』も半分は曲が良いから、というかこの2ndOPを店頭デモで見たというのが購入の決定打になったゲームでした。この映像もそうだし、この曲も……ゲーム内容が”これ”通りだったらどれだけ傑作なんだ……という『キサラギGOLD★STAR』と全く同じような経緯での購入&プレイ。そして実際に、この曲から受けたイメージとゲーム内容に大きな齟齬はなかった、というかこの曲が僕自身の『はつゆきさくら』受容において根幹を成すものとして投錨されたと言っていい。要するに、この曲はいつ何時聴いても『はつゆきさくら』のラストシーンが脳裏に思い浮かぶし、また『はつゆきさくら』のラストシーンでもこの曲が脳裏に思い浮かぶし、そしてこの曲は卒業とか別れに対する祝福やはなむけであるんだけど、同時に単純に喪の作業的でもあって、要するに「終わり」「お別れ」「バイバイ」をただひたすら受け入れさせる曲でもあるわけです。終わりや別れは特別な理由がなくてもやってくるものだし、こっちが受け入れたくないからといって拒否できるものでもない。だからこの曲は、後ろ向きな言葉はないし、悔しさや悲壮感も殆どないけれど、前向きな言葉ばかりというわけではなくて。むしろあるのは空しさばかりて。だから何度もバイバイを言うわけであって。そして最後の「バイバイ」で強制的に幕切れされるわけなのです。それが良いのです。それで良いのです。これがあるからこそ『はつゆきさくら』が全て受け入れられる。終わってしまうことも細々な不満や心残りもこの曲とそこから導き出されるイメージによりバニッシュされる。そんな曲なわけなのです。



細かく語るのは以上終わりで。てゆうかゲーム内容に絡めてだとなんかもう勝手に喋りたいこといっぱい出てくるんだけど、そこまでゲーム内容に絡めてどうこう言いたいわけでもなく単純に曲が良いってのだとなんかグダグダ言うよりも聴けよ!聴こう!聴いて!お願い!くらいしか言うことなくなる。そんなわけでここから先は好きな曲だいたい好きな順に列挙していく感じです。基本的には女の子が楽しげに歌ってる曲が好き。特に女の子が「ヘイ!」とか「ワオ!」とか曲中に相打ち入れてくるタイプの曲、そのゲームのヒロインたちが笑顔でその相打ちを入れてる姿が脳内にめっちゃ展開されてすげー幸せになれるしあと俺も聞きながらこぶし突き上げつつ「ヘイ!ヘイ!」とかつい歌い出してしまってすげー楽しくなれるので単純に好きです。まあそんなわけで以下気が向いたら聴くとよい。聴こう!聴いて!お願い!


空気力学少女と少年の詩/はな(素晴らしき日々、2010) https://www.youtube.com/watch?v=6YUub07TQUo
Graceful Anomaly/ave;new feat佐倉紗織(Magical Charming、2013) https://www.youtube.com/watch?v=C9TeN_vO1QQ
一生モノ☆/片霧烈火(黙って私のムコになれ、2011) https://www.youtube.com/watch?v=MkqhLAaHvTg
アレセイア/eufonius(いろとりどりのセカイ、2011) https://www.youtube.com/watch?v=_iH3O2YWdnA
花束/WHITE-LIPS(晴れときどきお天気雨、2011) https://www.youtube.com/watch?v=GaNfCZidINY
Winter Bells♪/茶太しろくまベルスターズ♪、2009) https://www.youtube.com/watch?v=E9As-On_TU4
ナグルファルの船上にて/monet(素晴らしき日々、2010) https://www.youtube.com/watch?v=hod2dbnK0Fc
もしも明日が晴れならば/WHITE-LIPS(もしも明日が晴れならば、2006) https://www.youtube.com/watch?v=ZUOxgkU9DfA
Moon night Destiny/佐咲紗花(月に寄りそう乙女の作法2、2014) 動画などない!(探せばあるけどまんまネタバレなので)
brand new day/solfa feat.Ceui(星ノ音サンクチュアリ、2013) https://www.youtube.com/watch?v=fzld1T1raoQ
Happy! Puppy!/アフィリア・サーガ・イースト(LOVESICK PUPPIES、2013) https://www.youtube.com/watch?v=yaS0uVK_OVU
kaleidoscope/霜月はるか星空のメモリアEH、2010) https://www.youtube.com/watch?v=wwdDcEEOehA(本編プレイ前にムービー見ると死ぬやつなので注意)
きゅるんKissでジャンボ♪♪/KOTOKO(カラフルハート、2004) https://www.youtube.com/watch?v=5Oo0gFyrvAw
DORCHADAS/Rita(漆黒のシャルノス、2008) https://www.youtube.com/watch?v=jdQASwAcubQ
apoptosis/Rita(紅殻町博物誌、2009) https://www.youtube.com/watch?v=u6FQMY7AIrQ
Sweety Wars/新田恵海(プラマイウォーズ、2015) https://www.youtube.com/watch?v=yaS0uVK_OVU
ねぇ、…しようよ!/KOTOKO(姉、ちゃんとしようよ2、2004) https://www.youtube.com/watch?v=1v3GlGphF4s
祝福のカンパネラ佐藤ひろ美NANA祝福のカンパネラ、2009) https://www.youtube.com/watch?v=whV7JLd398k
Allegretto/KOTOKOこの青空に約束を―、2006) https://www.youtube.com/watch?v=dsxnaImJTOA
ラブ・パラダイス/片霧烈火(W.L.O.、2009) https://www.youtube.com/watch?v=FiPi8M7QJ-k
祝祭のカンパネラ/佐藤ひろ美(祝祭のカンパネラ、2010) https://www.youtube.com/watch?v=oXxweS1ZFsk
You make my day!/YURIA(処女はお姉さまに恋している、2005) https://www.youtube.com/watch?v=7umFcpTntu8
RockMySoul/Barbarian On The Groove feat.民安ともえ(俺サマのラグナRock) https://www.youtube.com/watch?v=t_v3g4H5OQ0
Restoration 沈黙の空/KOTOKO(BALDR SKY Dive1、2009) https://www.youtube.com/watch?v=yXedDfVGfqQ
YOu&ME=Happy!/榊原ゆい(よめはぴ、2011) https://www.youtube.com/watch?v=LpQliVvOQ_o
Dreamin'/鈴原知花(W.L.O.LLS、2009) https://www.youtube.com/watch?v=VCyEzTusD8M
Girl meets Love/片霧烈火&鈴湯(花咲ワークスプリング!、2015) https://www.youtube.com/watch?v=QkcU2Qo-1Qs

このエロゲが最高に良い!(2015年にプレイしたもの版)

全部面白い。全部楽しい。全部オススメのゲームです。基本的にはちょこっと数行感想書いてるものより何行も感想書いてるものの方がオススメ度高いです(長ければ長いほど良いというわけではない)。正直「みんなだいたい全部買おう!そしてやろう!そして楽しもう!」という想いしかない。
あくまで2015年に自分がプレイしたってだけなので半分くらいは2014年以前のタイトルです。

アマカノ second season(2015、あざらしそふと)


クリアしたのは年明けてからだけどせっかくなので。女の子とイチャイチャしたいかーー!!女の子に甘えてもらいたいかーー!!女の子を喜ばせて笑顔にしたいかーー!! そんな僕たちの欲求に応えてくれるのがこのゲーム。温泉と雪が見どころの田舎町に引っ越してきた主人公がそこで出会う女の子と上記のようなことしまくるラブラブゲーです。
よく『LOVELY×CATION』と比較されることが多いですが基本的な部分がちょっと異なっていて、仲良くなるまでから付き合うまで・女の子が抱える問題や悩みを主人公がどうにかするところなんかを濃厚に描いていて、ラブリケというよりむしろ普通のエロゲをラブリケっぽくした(あるいはラブリケを普通のエロゲっぽくした)感じと言ったほうが近いです。さらに言うとラブリケの方が主人公とヒロインが平等に対等に信頼し合う感じがもうちょっと強くて、アマカノの方が普通のエロゲによくある主人公のヒロイックさが強い。ただこれも、『アマカノ』の特徴である「甘え」というものをよく体現していまして、アマカノには「甘え度」という一般的に言う好感度ゲージ的なものがあって、ただ好感度とは違って本当に「甘えの度合い」であるわけです。女の子の甘え度が高いほど、女の子がこっちに甘えてくる。個別ルートに入ると甘え度は100%を越えて、150%、200%と上がっていくのですけど、そうなると女の子の方も自分のコンプレックスをさらけ出したり、こういうの知られたら嫌われちゃうかもと不安がってる自分の欠点や嫌なところもさらけ出してきて―――つまり、そういうのをさらけ出すっていう形で甘えてくるのです。それを僕たちが受け止めて甘えていいよって抱きしめて頭なでなでして優しくしてイチャイチャするのが本当最高!最高に幸せ!! ってなる、そんなゲームなのです。女の子に甘えられてそれを受け止めるということ、その楽しさや喜ばしさ、そこにある幸せ、それを堪能できる。
あとエロシーンが元々アトリエかぐやアストロノーツと歩んできたスタッフだけあってめっちゃ濃い。主人公くん触手生物並みに精液吐き出してるけどどういうことなの……。このゲームは徹底してキスやセックスを「好きを伝える行為」として描いていて、キスもエッチもひとつひとつの触れ合いがただの性欲ではなく愛情伝達として描かれていて、だからただでさえ濃密に描いてるエロシーンに心の繋がり的なものが強く入っていて、それでよりエロくなっているのです。ちょっと濃すぎるくらいに。そういうところもまた素晴らしいです。

機関幕末異聞ラストキャバリエ(2015、キャラメルBOX


この二人が百合なのである(百合であるとは言ってない)

沖田くん以外の新撰組&幕末の有名どころ何人かを女性にして沖田くんは女装してその沖田きゅんが主人公で、そこに異能の力とスチームパンクを足した上で、沖田きゅんが周りの子たちときゃっきゃうふふしたり史実を変えたりあまり変わんなかったりする作品。
大雑把に言うと正史よりのルート(新撰組ルート)と、ちょっと正史から外れたルート(坂本竜馬ルートみたいなの)と、もう思いっきりオリジナルみたいなルートの3つがありまして、特にそのオリジナルルートが最高に楽しかったです。有栖川宮幟姫さま(女、元ネタはお察しあれ)と佐久間修理(女)のあの百合っぽさとか! 幟姫さまがあれだけ忌避していた修理を頼りにしてきて、それに応えていくところから、まず能力的に信頼が生まれて、次に人格的に信頼が生まれて、そして思想的にも信頼が生まれて、最終的には人間的にも信頼が生まれていくっていうこの流れがねぇ! 二人の顔と相まって最高に百合にしか見えねぇ!! 百合といえば恐れ多いことに佐久間さんと河上さん(女)もゆりゆり風味な雰囲気になります。
でも幟姫さまもだけど、何となく仲良しゆりゆりになるんじゃなくて、ちゃんと思想的対立、葛藤、疑心暗鬼、ただの巡り合わせ、そして自分の都合という中で絡んでいくうちに信頼が生まれてくるのがこのゲームの素晴らしいところでして、たとえば河上さんなんて何時間も話してお互い理解し合った上でも佐久間さんを殺す場合もありますからね。たとえ理解し合った相手でも殺さなければ自分が立ち行かないなら殺すしかない。しかし偶然と言っていいきっかけでそれを変えることが出来る。こういう、分かり合えた!よし仲良し!おわり! ではなく、キャラクターを一個の人間として、たとえば思想を転向させるというのはどういうことかというところまで踏まえて描いている、その辺りが特に歴史改変しまくりの佐久間ルートでは人物に深みを与える土台にすらなっていて大変に素晴らしい。そしてそういういったところに、「女装した」主人公くんが交わっていくわけです。幕末の偉人たちが可愛い女の子+百合っぽさ*1+女装主人公! 机上の計算では神をも産み出しかねない方程式! さらに歴史改変ifや戦闘・戦争・政治闘争・思想戦争もそこに加わる。よって最高! という事です。
ただ正史よりのルートは、新撰組モノでしかも沖田きゅんが主人公な時点で禁門の変以降はどうしても…ねえ…みたいになってしまう……。

嫁探しが捗りすぎてヤバイ。(2015、hulotte)

開始3分で嫁が見つかり、15分後にはさらにもう一人嫁が見つかり、1時間後にはさらにさらにもう一人嫁が見つかりました。以上おわり。他に説明がいるだろうか?

果つることなき未来ヨリ(2015、フロントウイング

体験版で序章やって「これドリフターズだ!」と喜び勇んで買いに行ったら実際はワンピースで最終的には漫画版皇国の守護者だった(おわり)
ということで、ドリフターズみたいに異世界に迷い込んだ帝国海軍軍人が思考の差異と技術の渡来によりワンピースしていく共通ルートと、もう製作側に何かあったんじゃねえのと邪推するレベルの個別ルートで構成されているのが本作品なわけです。てゆうか共通であれだけ丁寧に慎重に描いてきたのに、特にメルティナルートとか何でそうなる……! あれであんなふうに都合よく勝ってはダメじゃないか。それではアイラルートで語られた「勝った奴が正義になる」と同じじゃねえか! とかまあなんか色々不満もあるわけですが、でも最低限「○○が間違ってると言っても○○が正しいとは決して言わない」「選択に根拠はいらない、というか無くていい」といったあたりの価値観は貫き通されているわけで、そのお陰で空中分解せずに済んだんじゃないかなぁなんてことを思わずにいられないわけです。これに関してはネタバレで色々書きたいこともあるのであとで別枠で何か書こうかと思います。
面白いかつまらないかみたいな話をすると世間の評価と同じで僕としても微妙に芳しくないというか何かしこりが残る作品ではあったのですが、しかし同じ戦場で戦い同じ釜の飯を食ってきた戦友たちの存在がとても気に入ってしまったわけです。カーマインやエレンやフランや森、あるいはリンシンのおっさんやソウケンに会えなくなることを思うととてもアンインストールできなくなるわけです。多分プレイした人の何割かはそんな感じに戦友たちのことが愛おしくなるんじゃないでしょうか。ゲームのキャラクターだけどまた会いたい、こいつらとお別れしたくないと思ってしまったんじゃないでしょうか。そして僕としては、もうそれで十分素晴らしいゲームであるわけです。

ランス03~リーザス陥落~(2015、アリスソフト

プレイすると「えっ、こんなゲームだったの?!」と良い意味で先入観を裏切る作品ってありますけど、個人的にランスシリーズはエロゲの中で最もそういう部類のゲームでもありました。や、何も知らないとランスシリーズって戦闘とかシステムの評判めっちゃ聞くけどストーリーの評判あまり聞かないしお話は主人公が女の子とセックスしまくるゲームでした。おわり。とかそういうのなのかな? みたいな印象を抱いてしまいがちじゃないですか(ある意味当ってるけど)。しかしですね、実際のところは、戦闘やシステムだけではなく、物語が、キャラクターが、テキストが、世界観が―――そういった部分もまた超素晴らしいのがランスシリーズだったわけです。あの熱すぎ、奥が深すぎ、そしてメタすぎな世界観や設定! 魅力的でバラエティに富んだキャラクターたち! いつの間にか壮大なスケールの話や燃える展開になってるストーリー! そして質の高いテキスト!
ということで、シリーズ初のフルボイスとなった今回はそういった面が生かされまくっています。序盤は特にいわゆるRPG的お使いクエストをやらされまくるのですが、そういった箇所でもただでさえ魅力的なテキストやキャラクターが、声が付くことによりスーパー魅力的になっていて、つまり戦闘やシステム面だけではなくキャラやテキストを追って味わっていくだけでも楽しいのです。その点に関してはシリーズ最高レベル。逆に戦闘やシステム面なんかはそれこそ戦国やゼス崩壊に比べるとちょっとうーん…という感じではあるのですが(それでもかなり面白いのだけれども)。


ピュア×コネクト(2015、SMEE)


もえみん、イズ、ジャスティス!!! いやプレイした方ならこの一言で何が言いたいのか全部理解してハイタッチしながらウェーイって出来るよね!そんな感じだよね!

とにかく、もえみんです。2015年最強エロゲヒロインにして21世紀最強ゲームしながらうひゃーーひょええーーにょわーーって萌えまくって興奮しまくってもえみんに見立てたクッションをぎゅーっと抱きしめてたまにキスとかしながら(クッションに)プレイせざるを得ないヒロインにして平成の世における最強告白シーンがやば過ぎエロゲヒロインのもえみんです。本当にこの告白シーンやばすぎ!! 俺は今までエロゲの中で多分2500人くらいの女の子を恋人にしてきて2400回くらい告白シーンを見てきたわけですが(気が狂ってるとしか思えない文字列ですが6~700本ぐらいエロゲやってきたので実際そうなる)、その中でもナンバーワンと言ってもいい。これを見るためだけでも是非みなさん買うべきやるべき。勿論告白シーン以降ももえみん超可愛い。是非みなさんもプレイしてはうわぁ~~可愛いぃ~死ぬぅ~~可愛さで家が建つぅ~~とかそういう気持ちになるべき。
ただ欠点もあって、たとえば世間(エロゲー批評空間のこと)では「主人公がヒロインをなんで好きになったのか分からない」「好きになる経緯や過程が描かれてない」みたいな批判が結構多いのですが、これは裏を返せば「プレイヤーがヒロインのことを好きになるきっかけやタイミングや積み重ねを失っている」と言い換えることも出来ます。主人公がヒロインを好きになる過程をふっ飛ばしているということは、つまりプレイヤーがヒロインを好きになる過程をふっ飛ばしていると言うのと同意である。このゲーム最大の欠点はこれ、プレイヤーが盛り上がる前に・プレイヤーのヒロイン好き度を上げきる前に恋人関係になっちゃっうことがままある、それに尽きると思います。ルート選択や分岐をメールシステムに一任したせいか、いわゆる「友達以上恋人未満」的な時間がないのが問題なのですね。恋人の一歩手前、二歩手前みたいなところは相手の可愛いところや素敵なところがすごく見えてきて、その子のことを好きなれる・その子のことばかり考える・その子に夢中になれる時間であるのに、そういうのが殆どない。お互いを意識してるみたいな描写があまりないのに、ちょっと親密な友達くらいの関係(あるいはそれ以下)からいきなり恋人になっちゃう。つまりプレイヤーがヒロインのことをそこまで好きになっていない段階であっても物語の中では恋人同士になっちゃうしそれに対するフォローがなく、その温度のままイチャイチャラブラブに突入するのでいまいちノリきれない、プレイヤーが盛り上がっていないままイチャラブされてもいまいち(そのイチャイチャを実感として)楽しむことができない、なんて事態が起こりかねないわけです。好きになる過程なんか描かれなくても俺は○○のこと好きだよ!!ってなれればいいですが、実際はその(プレイヤーが/主人公が)好きになる過程という工程を飛ばしてしまっているので、こっちはまだそこまで好きになってないのに……となってしまう可能性がある。そういう欠点があるわけです。
ただ前述したもえみんは共通ルート時点で恋人一歩手前みたいな甘いトキメキ時空間が展開されていて、そのお陰でこっちももえみん可愛い・大好きって温度が上がりまくってて、だからもえみんに関しては個別ルートのイチャイチャでも超ウルトラもえみん可愛いーー!!好きーー!!(叫びながらもえみんに見立てたクッションに抱きついてキスする) みたいにならざるを得ないわけです。あと支配人も恋人になってから一悶着あって本当の恋人になるみたいな流れなので、つまりその期間が実質「友達以上恋人未満」みたいになるわけで、そこで好き度を上げられまくるのでこの人も可愛いー!好きーー!!(クッション以下略) ってならざるを得ない。そして個人的にはこうだったからこそ、出来ればこれを全ルートこんな感じだったら超最高だったなぁと思わざるを得ないわけです。

PRETTY×CATION2(2015、hibiki)

【1】 梓ちゃんは現実に存在するし俺の彼女
【2】 梓ちゃんの存在や自身の彼女の存在を疑った時は【1】を見ろ
あと千歳おねえちゃんも現実に存在してるし俺の彼女で先生で同じマンションに住んでてたまに夕ご飯のおすそ分けとかしてくれるんだよ。うらやましいでしょ!(異論は認めない)

さてライターや原画が変わったこともありラブリケファンからは色々と不評も多かったプリティケですが、プリティケ2はいいぞ…!全然よい! 確かにラブリケはゲームの中の女の子と恋人になれるゲームと言って過言でないくらい恋人感を味あわさせてくれるゲームだったのに対し、プリティケはイチャイチャに前者ほどの潤いとか現実っぽさがないこともあって恋人感薄い、てゆうかエッチの導入が9割方「主人公がムラムラしてやった」「主人公がチンコ起ってそれを女の子に気づかれたことによりやった」「女の子に気づかれてないけどやった」とかそういう「性欲」ばかりなのでなんかもう性欲を頼りにセックスしてる感が強すぎる、つまり女の子と恋人になれるゲームじゃなくて女の子とセフレになれるゲームみたいな感じが強すぎるし、一部エロシーンのあまりにリズミカルにクチュクチュパンパン鳴らすSEがまるでリズムゲーみたいだ!てゆうかドラムだ!パンがハイハットでクチュがバスドラじゃん!! みたいになるしとアレな箇所もあるのですけど、逆に言うと瑕はそのくらいじゃないかと。いやそのエロシーンの導入が圧倒的におざなり(てゆうかエロシーンに限らずデートの導入とかも結構おざなりだ!)ってゆうのが本当に大きすぎる欠点なのですが。

とはいえキャラクターはみんな魅力的であり、特に梓ちゃんですよ! よろしいですか、背が小っちゃくて胸が小っちゃくて金髪でどちらかというと無口ででも案外思慮深いっていう女の子が大好きだって人(注:私のことです)にとっては完璧に狙い撃ちされたようなスーパープリティ女の子なんですよ。そうかだからこのゲームはプリィケーションってタイトルなんだ……! 愛想がないだけで意外と言葉遣いが礼儀正しかったり毎回おじぎしてたりと性格そのものは良い子で思慮深い子ってのも最高だよね。主人公が(パッケージ裏やOHP等見てなければプレイヤーも)個別ルートに入ってるにも関わらず彼女と友達でもなんでもないっていうか彼女の名前すら知らないというなかなかお目にかからない導入も良いぜ!
そして小っちゃい子よりお姉ちゃんキャラの方がいいな~って方には2015年最強お姉ちゃん先生こと千歳さんがオススメ。教師と生徒という関係だから本当に些細なことでも少し躊躇する姿なんかも可愛いのですよ。夕ご飯のおかずお裾分けするのも、料理教えてあげるのも、部屋に招くのも、他の生徒にはしていないことだからさ、全部全部、本当にちょっとだけ躊躇する。それがまたテキストで明言されないし主人公も殆ど気づかない、たとえば「……」を一行入れるとか「えっと、でも…」みたいな考えてる描写をほんの1クリック分だけ入れるとか、そういう押し付けがましくない、奥ゆかしい躊躇なのがまた良いんですよ。それでいて恋人同士になればそのあたりが徐々にそして大胆に侵食されていく様も非常に良いのです。これが可愛さ、すなわちプリティ、だからこのゲームはプリティケーションってタイトルなんだ……! あとこのゲームは主人公の女の子への「呼び名」も変更できるので、千歳さんのことを「おねえちゃん」とか「千歳おねえちゃん」とか「千歳ねえさん」とか呼ぶのもまたこれも乙なものです。勿論他のキャラも変更可能なので、ぜかましとか肉奴隷とか呼んで遊ぶのもそれはそれで可。

あとラブリケシリーズからあるアイテム・パラメーターという要素がさらに形骸化してきているのも良いですね。あれって実際は「対象となる女の子好みの自分になる」というのを敢えて数値で表しているものであって、物語そのものには殆ど関係ないのですけど、でも女の子と「趣味が合う」「相性が良い」というのを錯覚させる効果を持っている。たとえばゲーム冒頭に 「それと相手が気になるものを用意するのも大事ね。相手の好きなものや気になるものに自分を合わせるの」「これから新しい自分になればいいじゃない」 と語られるように、その辺りも凄く自覚的に作られているゲームなんじゃないでしょうか。パラメーター・趣味などを女の子の好みに合わせていくということは、女の子に自分を好きになってもらうための努力であり、彼女好みの自分になろうという行動であり、同時に彼女のことをより深く考える行為でもある。この辺、実際物語にはあまり生かされていないことが多い(たとえば音楽趣味とかすっげー上辺(しか語られない))のですが、それでも物語ではなく、『女の子と自分との関係』という中において重要なのです。だからCATIONシリーズというのは一見『同級生』から連なる古き良きナンパゲーの系譜を辿ってるように見えますけど、実際は主人公/プレイヤーが女の子を選ぶのではなく、主人公/プレイヤーが女の子に選ばれるといった方が近いくらい(正しくは主人公/プレイヤーも、女の子も、お互いが相手を選んでいる)。このシリーズの最も良いところは個人的にはそこです。だからお互いがお互いを尊重して、優しくして、幸せにするような(と錯覚できるような)恋愛・イチャイチャが実現される。SMEEのゲームもそうですけど個人的にはこういうの大好きなのです。よくモテない男が現実じゃ女の子からモテてチヤホヤされないからせめてゲームの世界で女の子からモテてチヤホヤされる気分を味わいたいってのが萌えゲーなんでしょ? そういう願望を叶えるゲームなんでしょ? みたいな雑な認識が一般的にちょくちょくありますけど、モテない男というのはですね、現実で女の子からチヤホヤされないだけでなく、現実で女の子をチヤホヤすることも出来ないんですよ! むしろそっちの方がやりたいんですよ! 女の子に優しくしたいんですよ! 優しくして甘えさせて望み叶えてチヤホヤして喜ばせて幸せに思ってくれたらそれで最高なんですよ! たとえばSMEEとか、アマカノとか、そしてこのCATIONシリーズなんかはそういうことが実現できるのが最も好ましいところでして、そしてこのPRETTY×CATION2でもその点に関してはおおよそ健在だったわけなのです。

プラマイウォーズ(2015、ASa Project)


個人的2015年最高傑作。もう褒めるところしかない。今までのアサプロの欠点であった、ルートによってはギャグ・笑いがまったくないというのが解消されて全てのルートがギャグや笑いで満たされている。さらに個別ルートも今までとは打って変わってイチャイチャラブラブしまくりで、あれ、俺間違ってSMEEのゲーム買ったんだっけ?と思うくらいのイチャラブっぷり。女の子に優しくしたい欲も満たされます。もう全てが素晴らしい。『プラマイウォーズ』というタイトルは何なのか……プラスとマイナスがウォーズしたら(戦ったら)ゼロになる、ゼロ、それは余分も不足も全くない丁度いい完璧だということ、つまりこのタイトルは完璧なゲームであるということを表していたのだ!!

このメーカーの強みといえばギャグですが、そこにイチャイチャを足した、つまりギャグとイチャイチャが同時にあるのがとんでもなく良いのです。好きな子と笑い合える、それ以上に素晴らしいことがあるだろうか。女の子を可愛く描いてて、だからもうこの子可愛いぃ~はぁ~好き~ってなれてさ、その好きな子とバカなこと言ったりやったりして笑わせて笑わされて、かつ普通にいちゃついたり萌えたりする。こんな心地良く楽しく幸せな空間が他にあるだろうか。本当に端的に言うと、このゲームの魅力というのはそれです。笑いがあるからこそ楽しく、好きで愛しいからこそステキで、だからずっとあたたかく笑顔でプレイできる。大抵の萌えゲーというのは(特に個別入ると)そこまで笑いはなく、大抵のギャグゲーというのはそこまでイチャラブがない、けれど、その無いもの二つをちゃんと描いて融合すると、本当に楽しく幸せな彼女との時間が出来上がるのです。

あとギャグ要素が強いお話というのはギャグで感情を濾過するみたいなことが可能なのですが、そこを上手く活かせているのもポイント高いです。たとえば女の子たちの主人公への好感度が高くて―――これも当初はそうでもないんだけど、一緒の家で暮らしていくことでどんどん男女を意識していく、勝手にときめいたり勝手にキュンとなるのを繰り返した結果「あれ、私アイツのこと気になるかも?好きかも?」ってなっていくのが超プリチーなのです。しかしそうなると、みんな主人公のこと好きだけど主人公は一人としか付き合わないわけで、いわゆるKanon問題的なものが生じるような状況になっていくのですけど、しかし実際のところはそれをギャグで濾過できるわけです。あるいは一歩間違えばハーレム的なものになってしまいそうだけど、それもギャグで濾過されている。いわゆる選ばれなかった子がそのことをギャグとして笑いに昇華しているし、笑いでもって恋人の二人に絡んでいけるから。たとえばメイちゃんなんて他人の(メイちゃん以外の)個別ルートに入るとあからさまにお兄ちゃん好き好きを隠さないモードに入ったりすることもあるのですが、これがある種ギャグのように機能しているから、そこには選ばれなかったという深刻さが消失しているのです。全てを笑い・ギャグに出来るから、全部をネタとマジの境界の曖昧なところに置くことができるから、個別ルートに入ってからも、主人公のことを好きだった女の子たちが違和感も悲壮感も罪悪感もゼロのまま笑いとギャグで絡んできて、もう本当この家族最高だな、この5人最高だな、ED曲で「大切な今日がずっとずっとこれからも続きますように」って歌ってるけどそれはもう恋人とだけではなくこの楽しい5人と笑顔と幸せに溢れた今日がずっとずっと続きますようにって意味だなって思えてならなくなるのです。
ということで、自分の中では2015年のベスト。抜きゲーを多く書いていらっしゃるライターさん加わったからかエロもめっちゃ良くなっています。確かによく指摘されるようにワンパターン的ではあるのですが、それでもクソ使える。実は世間の評判的には特にメーカーファンとかギャグゲー・バカゲーファンからはなんかイマイチじゃね?って評価をされてることが多いのですけど、むしろこれ萌えゲー好きとかSMEEファンとかがプレイした方が高評価になるんじゃないかなぁとも思います。

花の野に咲くうたかたの(2015、あっぷりけ)


メインスタッフは『コンチェルトノート』『黄昏のシンセミア』と同じで、だから大雑把にいうと楽しさもそれらと大体同じ。話の展開がドラマチックとか意表を突いてくるとか凄い伏線とか、会話のギャグが面白いとかイチャラブがめっちゃ萌えるとか、奥深い設定とか哲学的な考えさせられる要素とか、そういうの別にないんですけどでもすげー楽しい。キャラクターたちの会話がそれだけで楽しい。そんな感じです。これでは何が楽しいのか全然伝わらないかと思われますが、正直自分では『コンチェルト』も『シンセミア』もそうですが、何が・なんで・どうして楽しいのかよく分からないんですけども、でもとにかく楽しいのです。敢えて言うなら恐らくこれは、ある種の萌え4コマや、キャラがただ楽しく会話するだけの二次創作に似ていて、そこにある安心感や居心地の良さがとにかく心地良くて楽しいのではないかと思います。焦点が外部(の事件とか世界とか)ではなく、人の内部へと向けられている、ということ自体が持っている心地良さと楽しさ。だからある種の萌え4コマやある種の二次創作がそうであるように、この作品もまたキャラクターが会話しているだけで楽しいのです。
欠点としては本作はいわゆるミドルプライスであり、つまり短めなのであり、『コンチェルト』『シンセミア』がたくさん分岐やルート作って意外な展開やヒロインルートじゃありえないような話、クラウスくんみたいな本筋の物語には何も関わらないけど横道に逸れると活躍するキャラクター、といった過去作の良かったところの一つである「色んな分岐を楽しめる」といった要素がかなり失われてしまっています。これは非常に残念ではあるのですが、でも同時に「世界を広げすぎない」というのはこの物語として合ってる・妥当性がある判断なので、これはこれで正しいのかもしれません。

ゆきこいめると(2015、フロントウイング


もしかして君は雪の精的なアレ

いわゆる現代萌えゲーの教科書的なアレ、あるいは金字塔的なアレだし!

はっきりいってめっちゃくちゃ面白れえし2015年最大のダークホースと言っていい。みんなでワイワイしてギャグもありつつ笑って楽しく可愛く萌えれる共通ルート、そしてエロエロアンドエロ・イチャイチャアンドイチャでエロとイチャイチャがほとんど全てを占める個別ルート―――現代萌えゲーって結構こういったフォーマットのものが多いと思うのですが(これが一昔前だと共通はワイワイ楽しく、個別はシリアスだった)、この形式の極みです。そして女の子を優しく愛したり優しく愛されたりする、そんな中身も最高すぎる。

思うに萌えゲーというのは、どちらかというと男の子主導というか男の子をチヤホヤするゲームと、女の子主導というか女の子をチヤホヤするゲーム、雑にざっくばらんに言うとその二つの軸があると思うのです。上のプリティケ2の感想のとこにも書いたけど、主人公=プレイヤーが女の子からモテモテでチヤホヤされる、そういうのがよくある萌えゲー、主人公/プレイヤー/男の子の欲望を(女の子が)叶えていく、そういうのが萌えゲーだって認識が世間一般にはおそらく幾らかあって、それはある程度は正しいのですけど、昨今は逆に主人公=プレイヤーが女の子に優しくしてチヤホヤする、女の子/ヒロインの望みを叶えて優しくしてそれで満足して幸せになってくれる姿を見て僕らが満足して幸せになる*2、そういう方向に軸足を乗せている萌えゲーも増えてきていると思うのです。つまり(萌えゲーには)男の子を直接的に喜ばせるX軸と、女の子を喜ばせてその喜ぶ姿を見ることで男の子が喜ぶというY軸がある。そしてY軸の代表格が『LOVELY×CATION』シリーズであり、そのシナリオライターinsiderさんが本作品には参加しているのです。さらに前者のX軸の作品で数々の実績を上げてきた(たとえば多少なりとも似た形式でもある『こんぶ』と『ラブリケ』を比べれば違いがよく分かる)シナリオライター保住圭さんも参加されている。さらにさらに、『W.L.O.』では多少Y軸寄り、『LOVESICK PUPPIES』では多少X軸寄り、つまりどちらに足を置くことも得意なシナリオライター安堂こたつさんもいらっしゃる。そして全員それぞれ今までに良作傑作と言うべき作品をお書きになられてきた。だからつまり、このゲームには現代萌えゲーのあらゆる要素がハイレベルに存在していて、だからこそ現代萌えゲーの教科書的なアレであり金字塔的なアレなわけなのです。
雫里さんが優しくしてくれて僕らが雫里さんを満たすことにより生ずるはラブが延々とコメってるという完璧な萌えゲー! 顔も声も立ち居振る舞いも全てが可愛い雪姫とイチャイチャすることにより辿りつくのは桃源郷! ちょっと喜ばせるとめっちゃ喜んでくれるから、さらに喜ばせたいな~と思うとシナリオは・主人公はしっかりとさらに喜ばせることしてそれでさらに喜んでくれてその姿が可愛くて愛しくてだからもっと喜ばせたいなぁって(以下無限ループ)で愛情が限界までインフレしちゃう嘩音! お互いの気持ちも思いも心も結ばれて慈しみあって愛し合うというその姿にプレイしているこっちの脳みそがぶっ壊れそうなくらいあまりに可愛いという気持ちを抱き、好きという思いを抱き、萌えるという心を抱いて本当10クリックぐらいおきにPC窓から投げ捨てたくなったしエロシーンの度に疲れて力尽きて魂が口から抜けるほどだったというたるひ! もう何もかもが素晴らしい。最高の萌えゲーです!!

ソレヨリノ前奏詩(2015、minori

個人的な感想を言うなら、OPムービー入る10クリックくらい前まではめっちゃくちゃ面白くてこりゃ90点95点くらいはいくなこのゲーム! って感想だったのですがそこから一気にああ…うん…ってなった。これはお話の出来栄えとかじゃなくて精神性とか相性の問題ですね。僕は『辻堂さんの純愛ロード』で辻堂さんが好きになった結果辻堂さんルート以外はプレイしていられなくなったという話を以前しましたが(http://d.hatena.ne.jp/tempel/20121006/1349523265)(ちなみにFDのバージンロードも買ったけど辻堂さんルートとよい子さんルート途中まで以外は一切手をつけていない)、それと同じ感じで俺はね!あれで良かったの!あのままで良かったの!! と思って止まないからこんなことになってしまったわけで、「あのままで良かった」と思わなければ(思わない方ならば)OP以降もめっちゃ良い最高のゲームになっていたのだと思います。

ぼくの一人戦争(2015、あかべぇそふとつぅ)


しのぶちゃん最高に可愛いし結花も超可愛い、そしてこの二人の関係がステキなのです! このゲームはそんな二人がなんと、攻略できないんだぜ!!(攻略できない)

2015年のこの時期は、それぞれ2chベストエロゲとか萌えゲーアワードで上位に入ったゲームを作ったことある人気シナリオライターの最新作がミドルプライスで3連発リリースされた(3月『花の野に咲くうたかたの/桐月』『姉小路直子と銀色の死神/タカヒロ・王雀孫』、2月『ぼくの一人戦争/るーすぼーい』)という謎のシンクロニシティを見せてた時期でもあったのですが、その中でミドルプライスであることを最も活かしていたのがこの『ぼくの一人戦争』。
この作品は簡単に言うと「エロゲ原作アニメのエロゲ化」みたいな趣がありまして。エロゲ原作アニメで原作の話を一通りやるタイプのものって、女の子と仲良くなって彼女の問題を解決してあと一歩二歩で恋人になってもおかしくないくらいの関係になっていながら次の女の子の話に移って、そこでも仲良くなって問題解決して……というのを繰り返したりしますよね(たとえば『Kanon』とか『CLANNAD』とか)。それと殆ど同じ流れを『一人戦争』も辿っている。このゲームもまた女の子が何人かいて、それぞれと仲良くなって問題を解決して普通のエロゲでいうと「この後は告白シーンだな」くらいのとこまで話が進むと、なんとそこでその子の話が突然終わる。ファァーーー超可愛いしのぶとイチャイチャ直前まで来てるのにイチャイチャできないの??プレイしてる間に先生可愛くなってきてこの人が彼女だったら…ってなったのに彼女に出来ないの??結花ちゃん凄く可愛い本当この子に優しくしたい幸せにしたいと思ったのに優しくも幸せにも出来ないの?? って感じにすげーーーなる。最初からサブキャラとしての扱いなら、中途半端に仲良くならなければ、そんなこと思うこともないのに、なんで恋人直前まで見せといてそっから先がないんですか!! なんて生殺しなんですか!!!
でも同時に、それが良いところでもあります。こういうすれ違いや残酷さに、物語上の都合とか制作上の都合とかミドルプライスだからという理由によって本来俺とイチャイチャするはずだった女の子が俺から奪われるというNTR感にすげえ興奮する、そういう良さもあるわけです。いや実際は『一人戦争』というタイトル通り、こうやって女の子が脱落していくのがストーリー上正しいし、特に終盤の主人公の心情やラストのるみとの関係においては別のルート・別の可能性があるという可能性そのものを排除すること自体が正しいのであって、他の女の子を攻略できない、一本道であるというのは物語的には死ぬほど正しくてめちゃくちゃ納得できます。それが2015初頭ミドルプライス3連発の中でこのゲームが一番ミドルプライスを活かしていた理由であって、たとえば『姉小路直子』なんてどう考えても他の子も攻略できた方が良い、どう考えても色んなルートあった方が楽しいとしか思えないっすからね。特に『まじこい』シリーズでは色んな可能性を描くことで楽しさをより増していたわけですし。『姉小路直子』の評判がイマイチな理由の最も大きいところはそこにあるのだと思います。つまりこれミドルプライスじゃなくてフルプライスでがっつり作った方が絶対面白いじゃんっていう。『花の野に咲く』もフルプライスであった方が面白そうだと思えるけど、上にも書いたようにミドルプライスであることに一応納得できるし面白さの一番大事な部分は欠けてはいない。とはいえミドルプライスであることをそこまで活かしているかと言うと疑問が残る。対して『一人戦争』はミドルプライスであることをある意味逆手に取ってるくらい活かしまくってて、こんな作りでもミドルプライスならしゃあないなってなるわけです。てゆうかフルプライスでこれやられたら恐らく確実に許せない。でもミドルプライスなら女の子攻略できなくてもしょうがないってなるし、むしろ逆にミドルプライスの所為で…物語の所為で女の子攻略できなかった…NTRれた…という謎の喪失感を享楽として味わうことも出来る(理由を「仕方ない」というとこに置くことが出来るから)。そういう意味では、これほどミドルプライスを活かしているゲームもそうそう無いと言ってもいいでしょう。
とはいえ終盤のるみの一人戦争が超あっさりとしか書かれてないとか、一部話の繋がりが強引というか本来書くべきところを書いてないんじゃないかと思えるところもいささかあって、その辺りが非常に勿体無いししっかり抑えとけば傑作になれたのになぁと思わされる感じではありました。

月に寄りそう乙女の作法2(2014、Navel


発売は2014年だけど、自分が2015年にプレイした作品という意味ではこれが最高傑作でした。ああ僕はこれをやるためにエロゲーマーになったんだ、ああ僕はこのゲームをやるために生まれてきたんだ―――プレイ直後は一点の曇りなくマジでそう思えたくらい。初代『つり乙』から、というかその前の『俺つば』から、「着るもの変われば自分が変わる」「自分が変われば世界も変わる」という認識と自己、認識と世界、自分自身への認識と世界への認識の話をテーマみたいな感じでずっとしてきていたのですけど、それは作品を経るごとにどんどん深く鋭くなっていったのですけど、それがこの『つり乙2』ではここまで来たかと!! それが本当に素晴らしい。

今回の主人公才華くんは自己コントロール能力がある一定のラインまではもの凄く高くて、つまりそれは自分自身の認識、世界への認識、世界の自分への認識をある一定のラインまで意識的にコントロール出来ているということでして、それは初代『つり乙』が最初の30分で『俺つば』が導き出した結論に辿りついて実践していたように、才華くんは『つり乙』『乙女理論』で描いてきた認識の手法を既に実践しているということであり、だからまず単純にすごく楽しいのです。平たく言えばぱね田くんを真っ当にブラッシュアップしたような感覚に近いキャラクタ。そりゃ自分で自分自身をどう認識するか・自分を他人や世界にどう見せるか・他者の言動や出来事を自分がどのように認識するか、というのを自分自身でコントロールできているわけだから才華くん自身はすごく楽しいだろうし彼を主人公としてプレイしている僕たちも当然楽しいのですよ。しかも基本的な能力が高い人がおおよそ身の丈にあった認識をして・させているわけですから(たとえばブサイクが自分はイケメンだって認識してそう振舞っても痛いだけだけど、イケメンがそう認識して振舞う分にはイケメンであり歪まないし楽しい)。だから序盤の才華くん無双も、エスト以外の各個別ルートで才華くんが主人公であることも、すごくすごく楽しい。しかし最初に「ある一定のライン」と書いたように、才華くんの認識とコントロールには限界が・欺瞞がある。「着るもの変われば自分が変わる」「自分が変われば世界も変わる」――実際はそんなことはない、現実に世界そのものは変わらない、それは君が認識している、認識しようとしている、認識したがっている世界だけだ、という限界が。君が作っている才華くんも君が見せている才華くんも「作っている・見せている」才華くんでしかないという欺瞞が。この作品はそこにこそ対峙していくっていうね、もう初代つり乙あるいは俺つばから連なる流れの頂点であり最先端であり現時点での最終決戦でありだから最高だし俺はこのエロゲをやるために生まれてきたんだー!ってなったのです。その結末は実際にゲーム本編をプレイしてみなさまも「これをやるために生まれてきたのかーっ!」ってなろう!

勿論主人公どうこうだけじゃなくお話も面白いし女の子たちも超可愛いですし、前作までのキャラクターがちょろっと登場したり話題に出てくるのも嬉しい。相変わらず描写が細かく、いわゆる「描写で語る」ということが前作よりさらに高度になってるのも凄くいいです。キャラクターの細かい台詞の言い回しや何故こう言ったのか・何故こういうことしたのか、何でここにいるのか、あるいはちょっとした仕草、などなどからキャラクター自体が語られていくという圧倒的な細かさ。これが素晴らしく魅力的です。サブキャラもみんな良くて、ジャス子やいせたんはおろかすこぶるさんとかぐぬぬさんみたいなモブキャラまでみんな最高!ってなる。
というわけで、ありとあらゆる面で最高な……と言いかけたけどエロシーンだけはこれアレだよねえ?! カロリー高すぎるよね?! 誰でもおいしく食べれるもんじゃないよねコレ?! てゆうか萌えゲーアワードでなんとか賞を何年連続受賞(超うろ覚え)とか言ってたように現代エロゲで最も人気あるシリーズの一つのなのに何でこんな上級者向けのエロシーンなの!? すげえよ!?
うん、エロシーンはすごい、とにかくすげえってなります。

ココロ@ファンクション!ココロ@ファンクション!NEO(2013/2014、PULLTOP


この世の真理というものを語りだす朝顔ちゃんの図。


【1】 朝顔ちゃんは実在するし俺の妹だし俺の恋人
【2】 常に【1】を見ろ

と・に・か・く!!! 朝顔です。妹です。兄妹です。兄と妹と書いて兄妹です。わかりますか? 俺は今までエロゲの中でたぶん200人くらいの妹に出会い150人くらいの妹を恋人にしてきたわけですが(精神異常者としか思えない文字列ですが6~700本ぐらいエロゲやってきたので実際そうなる)、これはもうその最高峰と言ってもいい。妹の、としてだけではなく、兄と妹の、「兄」と「妹」の!
妹好きエロゲーマーは数多くいますが、僕はその中でも「兄」という存在を非常に重要視しているタイプの人間でして、たとえば世の中には本当に兄っぽい奴と兄キャラっぽい奴とかいるわけですよ。例えばですね、兄妹で道を歩いてたら暴漢が突然襲ってくるとします。そんな時「大丈夫!妹ちゃんは俺が守る!おりゃぁぁ!!」つって相手と平気で戦いはじめるようなのが兄キャラ、妹に優しい言葉をかけて速攻で安全な場所(主に自宅)に避難させ、然るのち暴漢を然るべき手段でブチのめすのが兄なのです。妹は俺が守る!つって戦い出すのは確かに格好良いし気分良いですけど、でも妹に危険が及ぶ可能性あるし、何より妹に気を遣わせちゃうかもしれないじゃん……。たとえば怪我でもしようものなら(私のために傷ついて…)みたいなこと思っちゃうかもしれないじゃん……。僕たち兄というのはですね、妹のこと考えて妹のために行動して妹に優しくして妹を幸せにしたい生き物であるのですが、でもそこで妹に「自分のために兄が犠牲になってる・犠牲を払ってる」とは思われたくないんですよ。てゆうか思われてはいけない。兄妹ですから、おそらく永久に助け続け守り続けていくことは出来ないだろうという諦観と、それでも可能な限り傍にいて力になり続けるという使命を魂に勝手に刻んでいるわけですから、そこには常に覚悟がある。いつか妹は一人で歩んでいくだろう、俺の元を離れていくだろう、手を伸ばすだけで助けて守れるような距離にはいなくなるだろうという覚悟が。だからこそ! 妹の人生に兄という自分が(たとえば犠牲になってると思われることでの罪悪感とかの)「負担」になることは避けなくちゃならないし、同時に妹に「依存」されるほど激甘にあるいはヒロイックに護るような行為は、それはとてもとても魅力的なんだけど、けどだからこそ避けなくてはならない。そういう思いが兄にはあるのです。彼女の人生における縁の下の力持ちとか蔭から支える存在であってもいい……そうあるのが当然なのだろうという思いが。しかし、エロゲというのは、「妹」と「恋人」になれる世界であり、それが許され認められるワールドであり、こういった兄という存在自体が孕む限界性、兄故の不可能性を打開することが出来る、それはそれは素晴らしいメディアであり物語であるわけなのです。もう何の話してんのかわかんねえ感じではありますが、平たく言うと俺と朝顔ちゃんはね、そういうわけなのです。そしてこのゲームをプレイして、キミも朝顔ちゃんの兄になれば、キミと朝顔ちゃんもね、そういうことになる。兄ゆえに妹を愛する心、それ故の限界、そして妹ゆえの兄を愛する心とそれ故の限界、それらを突破していく話である。「だからエロゲの妹モノは最高なんだーーッ!!!」と声を大にして言いたい、そういうゲームなのです。そもそも朝顔ちゃんって見た目も超絶可愛いし、スタイルも間髪入れず抱きしめたいくらいだし、それでいて性格も女の子としても妹としても最高だし、声もこういう言い方は何ですが*3ある意味理想的といっていいくらいの妹ボイスですし、もうプレイしてて特にエロシーンなんかはこんなのまともにプレイ出来んわ!!興奮しすぎて死ぬわ!! と何度も何度もなるレベルなのです。実際エロシーンは数秒で「もうアカン、興奮しすぎて死ぬ、鼻血でる、意識失う…!」となって5クリックごとくらいに一端セーブして中断して休憩入れながらやってたし。当時のプレイメモを見返したら「トリップするわこんなの!トリップするわ!超絶悶絶気絶級可愛さ」という殴り書きがありました。何を考えていたのだ俺は。単純に言えば萌えれるしめっちゃ可愛いし最高だし、朝顔ちゃんと出会えて本当に良かった、朝顔ちゃんを好きになれて自分の人生に価値が生まれた、この宇宙全てよりも朝顔ちゃんが大切、そういう気持ちになれるとてもステキな妹でありゲームなのでした。
なお朝顔ちゃんルート以外はクソゲーとまでは言わないけど正直かなりアレ。朝顔ちゃんルートやらないで途中でギブアップするところだったよ! ただそんな中でもエロシーンは全体的に素晴らしい出来です。エッチで相手を悦ばせるというのは、つまり相手を喜ばせるということなのです、と言わんばかりの、エロと相手を思う気持ちを両立させた見事なエロシーンでした。ちなみにファンディスクの『NEO』はしょーじき圧倒的なコレジャナイ感が物凄く強いのですけど、でも朝顔ちゃんの超可愛い私服姿が追加されてるしそれだけで金額分の価値はあった!

キミのとなりで恋してる!(2014、ALcotハニカム

幼なじみの時間だぁーーー!!! 莉奈です。俺は莉奈派です。莉奈めっちゃ可愛い。いじらしい。莉奈を愛したいし優しくしたい。莉奈最高です。以上おわり。(他に説明がいるだろうか?)

どうして、そんなに黒い髪が好きなの?(2014、ファイヤワークス)


どうして、そんなに籐太先生は籐太先生なの?
僕がトップクラスに好きなシナリオライターに籐太さんがいるのですが、このゲームはその籐太先生の籐太先生らしさが詰まりまくった、まさに籐太先生の集大成であり代表作と言ってもいいんじゃないかと。『ひのまるっ』『桜花センゴク』で見られたギャグや楽しいキャラクターたち!『花と乙女に祝福を』『ComingHumming』のようなめっちゃ萌え!『お嬢様はご機嫌ナナメ』みたいな練り込まれたシナリオ! 他にも『ゆにばる』並みの振り切ってる感じとか『なでしこドリップ』のまったり感、『AYAKASHI』で磨かれたバトルと『AYAKASHI H』にも出てきた神道要素、各種ゲームに共通してるクッソエロいHシーンやご都合主義的なものとの良い距離感での付き合いにより生じるリアリズム、たとえば『桜花センゴク』でドン引くくらい女の子がボコボコにされてるところあったけどそういうキャラに対する残酷さを結構平気で入れてくるところとかリアルにいる性格悪い人のその「性格の悪い部分」だけを抜き取ってデフォルメしたかのような性格の悪さを持つキャラクターとか……などなど。籐太先生の籐太先生らしいところがてんこ盛りのもう超最高なゲームでした!

お話はまさかの日本神話もので、岩長ノ銀杏媛とか中津国女ノ咲耶媛がヒロインとかそんなエロゲ他にないよ!(微妙に名前が違うのにも勿論意味があります)
神話が誇る醜女たる銀杏さんのそれゆえのコンプレックスに臆病さ、同時にそれゆえの恋愛に対する憧れといじましさ……この辺が可愛すぎるしシナリオライター可愛く書きすぎだよぉ! 迫害され疎まれ続けた彼女にとっては、「好き」と言うことも単純に感情を見せることも大きなハードルなのです。単に素直になれないとかじゃなくて、それが怖い、トラウマなのだ。喜んだり、好きだって気持ちを表に出して、相手や周りから何言ってんのって反応されることとか、貴方に優しくした?それは勘違いだよとか嘘だよからかってただけだとか、そう言われるんじゃないかという怖さ。勿論そこが怖いのは、そう言われ続けてきたから。そうして疎まれ避けられ傷つけられてきて、だからこそ傷つけられることを恐れる。誰よりも沢山傷つけられてきたからこそ誰よりも傷つくことを恐れているのだ。そんな彼女が、最後に一度だけ頑張ってみようと、自分の殻を(山を)飛び出してこうして、ここまでやってきたのです。ブスな神の象徴と言われ、嫌われ続けてきた彼女にとっての最後の望みにして最期の勇気を振り絞って。そんな彼女と徐々に交流して心解きほぐしていって優しくしてイチャイチャして幸せな気持ちにするなんてもう最高だよこのゲーム! 最終的に「~~もん」「~~もん」って語尾に「もん」を付け始める銀杏さんとかこのひと神だ……神としか言えねえ(実際神)……とならざるを得ない。しかしそれでいて、他のルート進むには事実上振らなきゃならないわけでして、そういう残酷さも基本装備なのが本当に籐太さんらしいなぁと思うのです。
勿論他のヒロインも可愛く、特に咲耶なんかはどのSEASONもそれぞれ異なる魅力が超可愛くあってやはり神だ……この可愛さは神だよ(実際神)……ってなるし、そもそもシナリオというか彼女の心的面では姉と本当に表裏一体、美女の象徴と醜女の象徴で全く逆なのに同時に「自身の顔の美醜に翻弄される」という点では全く同じなのもいいです。他にうららなんかは女性の嫌なところを煮つめて煮つめて煮物にしたような奴でもあってだからこそ放っとけないし、水葉はウザ可愛いの権化みたいなものであってだからこそ放っとけない。ヒロインたちはみんなそれぞれ異なる魅力があってみんなそれぞれ素敵です。
そしてシナリオ。はっきりいって驚きです。驚愕です。伏線や謎を全て拾っていきます。『桜花センゴク』の驚きの展開とか、『お嬢様はご機嫌ナナメ』の計算されつくしたような構成には目を見張りましたが、それら二つを足しあわした上にさらにパワーアップしたような感じ。見事さで言えば『Ever17』ばりに見事ですよ。
ということで、萌え良し・エロ良し・キャラ良し・ギャグ面白い・シナリオ凄いと殆どあらゆる面で素晴らしいエロゲ(ただ新規メーカーだけあってシステム面は現代にしてはちょい微妙かも)。あんまり話題に挙がらないしこのままだとちょっと埋もれてる名作みたいになってしまいそうですので、是非みなさんプレイされるべきです。

星織ユメミライ(2014、tone works)


画像は筆者の結婚式の時の写真。

ある意味コンセプトの勝利。学生時代から付き合って卒業後に就職して結婚して、子供生まれて家庭を築く―――という姿をダイジェストとかファンディスクとかでなく本編でしっかり描いた作品というのは意外と少ないです。少ないってゆうか全然なくね?!『ひこうき雲の向こう側』みたいなダイジェストならいくらでもあるけど、がっつり描いてるのなんて『そらいろ』くらいしか思い浮かべられないよ?僕はそういったこと描く作品に非常に興味があるので、もし「これとかあれとかがそうだぜ!」って思い浮かぶ方がいらっしゃったらお教え頂きたいです。閑話休題。さてそういった卒業結婚それ以降をガチで描いた作品で最も有名なのはエロゲじゃないけど『CLANNAD』のアフターストーリーでよろしいかと思いますが、そのCLANNADに関わったライターさんたちが彼らなりのアフターストーリーをしっかりと描いたのがこの『星織ユメミライ』になります。つまりヒロイン6人いるんですけど全員に学園編という普通の恋愛ストーリーがあった上で、全てのルートで卒業後の進学とか就職とか結婚とか出産とかが描かれている*4。しかも文章量も内容も学園編、アフター、どちらもそれぞれ普通のエロゲの個別ルートくらいあります。つまり普通のエロゲの倍くらい、あるいはそれ以上のテキスト量があるわけで僕はクリアまでに丸々一ヶ月かかりましたよ! でも描かれるのは一ヶ月どころか彼と彼女の一生のうちで重大な何年であり、つまりこの作品は、本当に一言でいうと、「このディスクの中に彼らの人生が詰まっている」ゲームなのであり、もう尊いとしか言えない。これほどまでにアンインストールしたり中古屋に売ったりディスクや箱を雑に扱ったりしたくない・できないゲームは滅多にないです。なにせここには人生があるのですから、もはや神棚にでも置いとくしかないくらい尊い。

お話は絶対狙ってそうしていると思うのですが、深刻な悲劇や唐突な展開や衝撃的な物語は一つもないです。それこそCLANNADアフターストーリーの真逆といってもいい、ドラマチックな悲劇も運命的な導きもないけれど、だからこそここには現実世界で起こりえる出来事から離れていない「普通」ともいえる恋愛・就職・結婚・出産がある。この辺個人的にはなんといっても真理花が最高で、というか彼女だけ*5主人公との子供の頃の思い出があってそれがまたすっげー泣けるし、そして彼女との恋愛・結婚あたりもすっげー泣ける。何も特別なことしてないのに。いわゆる「普通の人生」なのに。とにかくあの子の優しさとか思いやりとかも、単に見た目の可愛さも、声の素敵さも、全部が全部きらめいているのです。大人になってからも「わーい」とか「とうちゃーく」とか「ひぃーん」とかひらがなで喋って感情表すのも可愛いし、かといって子供っぽいというわけではない、こういう無邪気で無防備で純な部分があるっていうかさ、だから彼女は主人公を褒める言葉をやけに使うけど全然嫌味にならないんですよね。純粋な優しさと純真な気持ちで、見返りや裏がないって分かるから。そんな彼女と歩む人生はこの作品の中で最も平凡で、端的に言えば普通の人生で、まったく着飾ったところがなくて。結婚式も出産もそれぞれのシーンは特別にドラマチックとか山あり谷あり見せ場ありなんてものではない、なんてことない普通のものなのに。一番の泣かせどころである結婚式での両親への手紙だって虚飾も装飾もない普通のものなのに。でもどれもがステキで、輝いて、泣けて、こんなにも素晴らしいんだ。普通の人生だけど、現実に普通の人生送ってるみなさんがそれぞれ「普通だけど素晴らしい」人生であるように、真理花との人生も普通だけど、客観的に見れば圧倒的に普通だけど、でもご近所の仲の良い夫婦がそうであるように、街で見かける微笑ましいカップルがそうであるように、知り合いのラブラブな二人がそうであるように、たとえ何の変哲もない普通の人生だろうとも、大好きな人といっしょにいれるその人生は輝いてステキで、なんて素晴らしいものなのだろう。まさにこれこそ僕にとってのユメミライ。見たかったユメが、欲しかったミライがここにある。
ヒロイン6人いて更にシナリオライターが4人(+α)いらっしゃるので、それぞれのお話はプレイヤーごとに好みが別れるでしょうが、逆に言えば誰がプレイしても一人はこの子が最高!これが俺のユメミライ! って気持ちになれるルートに出会えるのではないかと思います。

恋がさくころ桜どき(2014、ぱれっと)


宇宙誕生の瞬間の歴史的画像を載せようかと思ったけど直接的なFuckKonami画像載せるとアカBANらしいので…

この宇宙はいつ生まれたと思いますか? ビッグバンで誕生した? 神が七日間で作り上げた? いや違う、それはこなみが唐突に朝フェラしてきたあの日あの時あの瞬間だーーッ!!!

ということでこなみですよ。上で『ココロ@ファンクション』の朝顔ちゃん最高峰だって書きましたが、あれは兄妹としての最高峰であって(もちろん妹単品でも最高峰ではあるけど)、仮に兄なんてどうでもいい兄との関係性なんてどうでもいい、妹ちゃん一人の妹となり(人となりの妹版みたいなもの)で見るならこのこなみがエロゲ妹界で究極と言える。プレイ中メルエムの「余は蟻の王として生を受け生命の頂点に立つ事を許された(以下略)」という台詞が脳裏をよぎりまくりでしたよ。エロゲの妹という種の進化の頂点、行き着く所、最先端として存在しているのがこなみなのだ……。そんなこなみルートのプレイは明らかにわたくしたちお兄ちゃんプレイヤーの脳と精神と認識を破壊する。プレイしながら1クリックごとに宇宙が創造されていく感覚……そうこなみという妹といる宇宙が創造されていく感覚が視覚神経と指先を通して私の認識に染み込まれていくのです。詳しいことはプレイして自分の目で確かめてみよう!

さてこの作品自体は世間の評判見ると結構賛否両論みたいな感じでして、そして僕は思いっきり「賛」なんですけど、でも賛否が割れるのはよくわかる。この作品かなり変わっていて、基本的には女の子が一人で全部やるんですよ。言い換えると女の子の方が実際は主人公なのです。彼女が一人で頑張って一人で恋して、主人公はそれに反応する機構と言っても差し支えない勢いすらある。本来の主人公はあまり主人公していない。主人公が主人公していたのが目立つのは共通ルートと最後のティアルートぐらいで、そのティアルートやるとなんやコイツって感じの言動ばかりするのでやっぱ女の子が主人公じゃないとダメだなってのを逆説的に証明されたと言ってもいいくらい。
そんなかなり変わった作品なので、賛否が割れるのも非常に理解できるのです。だからこそ逆に気に入ったなら、大いに賛を与えたくなる。こういった女の子の方が主人公と言っていいのは特に夕莉さんが顕著でして、この子は自分で勝手に決めたこととか、自分で勝手にそうだって定めたことに、自分で勝手に縛られて勝手に苦しむのです。自分が行うことでも、他人にとってのベストはこれではない、何処かにあるはずだって勝手に思い込んで勝手に苦しむ。花の過去の某アレの件(ネタバレぼかし)もそうじゃないだろうか。夕莉は自己評価が異常に低いのですけど、これも花に負い目があるから、花より自分が上ではいけないという勝手な思い込みからの勝手な自己評価の低さなのではないだろうか。要するにこの子は完全に自縄自縛なのです。でもそこには、たとえばサンタクロースを望むような微かな期待を抱く心もあって、だから一人で勝手に思い悩んで苦しんでいるように、恋愛もある意味一人で勝手に行っているかのようなんだけど、同時に他者への希望とか期待とかもちゃんとあって、だから一人で勝手に為してるように見えても本当のところではそうではない、ちゃんと繋がっているのです。そーいうところがね、もうすげー可愛いんですよ夕莉は。詳しいことはプレイして自分の目で確かみてみろ!

ハロー・レディ!(2014、暁WROKS)

『るい智』『コミュ』『&』と連なる暁WROKSラインの新作、単に「面白さ」というならこのラインの中でも1・2を争うほどだと言っていい。すっごく雑な喩えかたするとガクトゥーン+暁の護衛G線上の魔王コードギアスそして最終的にDDD。爽快感あるし単純にプレイしてて楽しいです。各個別シナリオが結構ぶつ切りというか、理屈は合ってるし道理に適ってるのだけどその間のつじつまを埋めるような描写がわりと欠損しているのだけど、そういうのも、あるいは終わり方がオープンエンド的で結構語られないことも多いんだけど、そういうのも、話の展開も終わり方も「さあ、おとぎ話をはじめよう」と言わんがばかりの胡乱さや幻想さや煙にまいたカタチになっているからこそ、だからこそ描写も演出も終わり方もこのような形にしている。まともに描いたら耐えられないから。現実味のない話に実現性を与えるために地から足を浮かした表現へと至っている。しかし逆にラストシナリオは道理や理屈が失踪してつじつまが優先されて描かれる、話の終わりも描かれないというカタチで描かれないのではなく単に描かれない(続いていく)。ここでは各個別シナリオと正逆の手法を採っていて、それゆえに幻想を殺した現実の話――現実と戦う話になっている。いやこの構成は見事ですね! そして過去作から通じる共通テーマとも言える「呪い」、それに対して取る手段は最もシンプルで最も効果的、そして呪いの相手も最も強大で最もシンプル、つまり「この呪われた世界をやっつけよう」。実際にはED後に続くという部分も非常に多いのですが…
過去作からの流れを考えると続編っていうか次回作が非常に気になる、そんな作品でもありました。

Magical Charming(2013、lump of sugar


一般的な選択肢を排除して、代わりに「カード」で言葉や行動を決めていくゲーム。「話す」「頭を撫でる」などの普通の行動からキャラクターの名前や食べ物、建物や場所、「おっぱい」や「セックス」、さらには色んな効果がある各種「魔法」カードなど、その種類は非常に豊富。そして選べるカードは物語を進めたり、あるいは横道に逸れたりするとどんどん増えていきます。沢山のカードを集めてデッキを強化し、どんどんこの世界を進んでいこう!

などと書くと自由度高く革新的なシステムを搭載した凄いゲームなのかと思ってしまいますが、実際は殆どのシーンが事実上の一択選択肢(正解の選択肢以外は何を選んでも一律ハズレ)であり不正解のカード選ぶと「それじゃない」「違う」とかいって選びなおしになったりそのままタイトル画面になったり(実質バッドエンド)することも多々ある、実は自由度全然高くないゲームなのでした。しかしこういう形式にするだけで、一択選択肢にありがちな「正解は一つしかない」「選ばされている」という嫌味や作為感が薄まるし、そもそも主人公が何度も言っている「段取リズム」を再現するシステムになっているのはめちゃくちゃ上手いです。デートに誘うとか告白とかは特にカード選択そのものが段取リズムまんまであり、世間話とか相槌からはじまって、好きなことやもの・二人の思い出などのカードを順々に提示していってデートに誘ったり告白に至る。この辺の、「なぜこのゲームにこのシステムがあるのか」という必然性をちゃんとゲームそのものに落とし込んでる(グランドルートにおいてはシナリオそのものにも落とし込んでる)のはめっちゃ上手いし必見モノ。
お話に関してはおりんちゃん編が断トツで良いです。グランドルートもいい……。でもこれ、素手でプレイヤーをぶん殴ってくるような作りというか、何も隠してない、何もオブラートに包んでないようなものでしてね。想いをぶん殴るかの如く暴力的なくらいダイレクトにぶつけてくる。そこで痛いと思うか、殴ることで傷ついた彼女の手を汚いと思うか。殴ってくるくらい直裁に伝わる気持ちを優しく受け止められるか、殴ることで傷ついた彼女の手を優しく包み込めるか。そういうところで評価や好き嫌いが別れるんじゃないかと思います。

いろとりどりのヒカリ(2012、Favorite)

『いろとりどりのセカイ』の何が一番良かったのかって、何故彼なのか・何故彼女なのかということに本当のところは必然性がなくて、たとえばそこに来たのが彼とそっくりの彼以外の誰かだったら、たとえば彼が見つけたのが彼女にそっくりの彼女以外の誰かだったら、それでも何も変わりはないだろう―――そういう必然性の無さこそが悠馬の行動を意味あることにし藍の選択を犠牲ではないものにしていたのに、そこに今の自分自身以外からの必然性を用意してしまったら、選択から尊さを失うしむしろこっちの方がより犠牲的じゃないですか! って思えるし、なるほどつまり俺は『いろとりどりのセカイ』のそういうところが一番好きだったんだな、ということが分かりました。そんな感じ。別に『ヒカリ』自体は悪くないしこれはこれで(特にこういうのを望んでいた方には)アリだし良いゲームなのだけれど、僕としてはむしろ『セカイ』の良さをより強く認識できた、そんな感じではありました。

あかときっ!夢こそまされ恋の魔砲/花と舞わせよ恋の衣装(2010/2011、エスクード

戦闘がめっちゃ面白い。ストーリーを進めて合間にRPG的な戦闘がちょくちょく入るというゲームなのですが、その戦闘が超たのしい。属性の有利不利があるのですけど、同時に素早さ順に動けるみたいな行動順と、攻撃したあとの硬直時間(次の自分の行動順が回ってくる早さ)が魔法ごとに異なっていて、さらに敵に攻撃を当てると行動順を遅らせることができる、もちろん魔法によってどのくらいノックバックできるかは違ってくる、というのが基本ルールで結構単純なんですけど、MPがシビアなのと難易度バランスが絶妙なことも相まって、適度に難しく適度に爽快という絶妙な楽しさを提供しております。周回プレイ時の引継ぎ要素も上手くて、共通ルートは(引継ぎ要素のおかげで)適当にクリック連打でも楽勝なんですけど、個別ルートに入る直前くらいから急に難易度が適正になってくるのです。既にプレイ済みの部分はぱぱーっとクリアできるけど未プレイの部分は周回プレイでも初回プレイ時と大差ない難易度になっている。さすがに5周目くらいになると個別ルートもかなり楽にはなりますが、3周目くらいまでは新鮮な感覚でプレイできる。この辺めっちゃ丁寧だし素晴らしい仕事ですね。

あと攻撃は腕とか胸とか下半身とかの部位指定で、当ったところ/当てられたところがどんどん脱げてって最終的に下着姿とか裸になるというディス・イズ・エロゲーみたいなゲームなのですが、最初そういうのどうでもいいよと思ってたのですけどいざプレイするとついつい脱がそう/脱がされようと思ってプレイしちゃうんすよね……これがエロの魔力か……

夜明け前より瑠璃色な Brighter than dawning blue/夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle(2009、オーガスト


一言でいうと「けよりなはいいぞ…!」。まさか2015年の今になって自分がけよりなおじさんになるとは思ってもいませんでした。平たく言うと現在のオーガストの祖先みたいなゲームです。さすがに昔の作品だけあってシナリオやらテキストやらは最近の『大図書館』なんかと比べると見劣りするのは仕方ない*6、てゆうか05年版の本編と09年のファンディスクを比べても明らかに後者の方がテキスト上手くなってる*7あたり凄げえな!進化凄げえな! と思うわけなのですが。しかしですね、作品の魂みたいなもの、根本的な魅力みたいなものは『大図書館』だろうと『けよりな』だろうと大差ないわけです。ここにはオーガストに通底している精神性や哲学のようなものがある。たとえばヒロインとの日々。この生活感。ただの犬の散歩とか、川原での麻衣との会話とか、商店街での買い物とか、そういう何気ない日常でも、まるで自分もその何気ない日常を体験しているかのように体感できるところ。たとえばヒロインとの会話。これは『大図書館』がエロゲの中では最も顕著だと思うのですが(それが私の最も好きなエロゲが『大図書館』である理由の一つであるのですが)、人と話すときに皆さんはどのくらい考えながら会話するでしょうか。自分は多少なりは考えるよう努めていて、たとえばこういう返答を望むとかこういう流れを想定するとか出来るだけ考えながら話すようにしたいと思ってる。いったい相手に何をどういう言葉をどんな行動を求めているのか(逆に相手は何を求めているのか)・この会話の意味は何なのかということをなるべく考慮しながら会話するよう心がけてる(出来ないことも多々あるけど)。しかし世の中には、こんなのよりももっと思慮深く綿密に会話している人もいるし、逆に思いついたことポンポン口から発するタイプの人もいるわけです。『大図書館』が素晴らしいのはそういったことに圧倒的に自覚的なところで、かなり考えて喋る奴とかほとんど天然な子とかどっちとも言えない人とか基礎スペックの高さでそういうの乗り越えちゃう姫とかが、それぞれ自身のコミュニケーション能力に忠実でありつつコミュニケーションを為していく。その辺が『大図書館』の会話の素晴らしくて面白くてそして心地良いところなわけです。そしてそういった会話の理念は昔の作品な分『大図書館』ほど完成されてはいないけど『けよりな』においても健在で、そこがヒロインとの会話における楽しさと嬉しさと心地良さの土台となっている。ただ登場人物たちと喋っているだけで楽しい。ただ何の変哲もない日常を送るだけで楽しい。ただプレイしているだけで楽しい。この世界、そこにいる人たち、それに触れ合えるだけで、つまりゲームするだけでとてもとても楽しく、嬉しい。だから登場人物たち、世界観、というかこの「世界」、みんな全部全部大好きになる。少しだけネタバレするとゲームの最後の最後に出てくるのが「みんなで撮った写真」というのが何もかも示してる。あの絵が何よりも心地良い。そういうゲームです。だから一言でいうと「けよりなはいいぞ…!」としか言えない。

そしてファンディスクであるMoonlight Cradleも非常に良いです。てゆうかめちゃくちゃ良いです。本編より良いと言ってもある意味過言ではないかもしれない。シナリオはそれぞれ素敵で(面白いとか楽しいとかよりも「素敵」という言葉で評するのが一番しっくりくる)、テキストはさらに磨かれ、新規キャラは超ウルトラスーパー可愛いどのくらい可愛いかっていうと天地開闢クラスの可愛さ(10段階でいう12くらい)。『けよりな』の世界観が広がり、さらに登場人物が好きになり、さらに世界が好きになる。尊い。尊いとしか言いようがない……

ひまわり(2007、ぶらんくのーと)


僕はアクアの「おんなじなの」って台詞が全てのエロゲの全ての台詞の中で一番好きで(つまりあの辺が全てのエロゲの全てのシーンの中で一番好きなシーンでもあって)、別に同じじゃないだろつったら同じじゃないし、同じだろつったら同じと言えるような事柄、正しくは認識一つで本当は同じじゃないけど同じだって言えるような事柄に対して、「おんなじなの」って。アクア普段ひらがなでなんか喋らないのにここだけ全部ひらがなで。この全部ひらがなだからこそ感じられる稚気、駄々をこねるというか言い張ってきかないような愚直さ、子供の純粋な願いや祈りにも似た儚さ、それが本当に素晴らしく、素敵で、好きで。同じじゃないかもしれないけどおんなじであって欲しい、同じじゃないとも言えるけどおんなじとも言えるの、そういう願望や希望の込められ方がとても可愛く、他人が何と言おうと聞かないくらい強固で、それでいて吹けばあっさり飛ぶくらい弱々しくて。勿論ここでいう「おんなじなの」は、この一連のやりとりだけでなく、アクアルートのお話、アクアが悩んできたこととか彼女の出自にも言えることであって、さらに言えば、無根拠だからこそ自分の中で強く、無根拠だからこそ外から揺さぶればあっさり崩れる、その幼さゆえの強さと弱さが混じった言い切りは、この作品全体にも言えることであって。それがもう実に素晴らしくて、素敵で、好きなのです。
個人的にはそんな感想。ああ素晴らしい、大好きだ、大切なエロゲだ、プレイ後にそういう気持ちになれるもの。元々は同人ゲームで、それ故ボイスがないとかCG枚数が少な目というところがあったのですが、今だとそれらが増強されてるVita版・PSP版が出ていますのでそちらでのプレイも良いかもしれません。

魔法とHのカンケイ(2004、うぃんどみる)


一言でいうと天才にエロゲ作らせるとこうなる。この作品は魔法が存在する世界で、潰れかけの部活動に所属している3人の女の子が「廃部を逃れたかったら魔法とHの関係をレポートにまとめろ」という指名を帯びて、その目的のためになんやかんやと主人公とHなことしていったりするお話なわけです。そこで実は主人公のことが好きだった女の子が徐々にそのHさ・性癖を開陳していく様とか、あるいは主人公のこと好きでも何でもないけど取り合えずHなことしてみた女の子が徐々に嵌っていく様とかそういうのが、『シスターコントラスト』とか『夏めろ』とかのライターの他作品をプレイ済みの方ならお分かりになるでしょう、そういうことをもう天才じゃねえのこの人としか言いようがない筆力で表現しているのです。仕組みとしては、例えば結構特殊だったり変態性癖的なものもあるのですが、それらが女の子と物語にアウトソーシングされてるところがクソ上手い。例えばかりんなんかはどんどん性癖的に突っ走っていくのですけど、そのかりんの性癖が主人公に受け入れられるということが=プレイヤーにも受け入れられることであり、それは裏返せば(あるいはそれは同時に)プレイヤーのそういう性癖・性的嗜好が主人公・女の子・このゲームそのものに受け入れられるということでもある。そしてそれらを実際に展開し実践しエロくかつ魅力的に描いていくからこそ、その性癖・エロさが再帰的強化されていくこととなる。こういう動機や理由の浮遊させ具合と、そうであることの活用手法が抜群に上手いのです。この辺少し『シスターコントラスト』に似ているかもしれませんね。あのゲームは「窃視」の概念をプレイヤーとヒロイン間で仮想的に再現してそれをエロに生かしまくっているわけですが、このゲームはもっとダイレクトに、プレイヤー自体の性癖や性的嗜好を育てて・コントロールしてきていると言ってもいいかもしれません。たとえば子猫(ヒロインの名前)なんかは主人公が責められるいわゆるMシチュ的なものが多いのですが、そうなる導入や心理描写がすごく丁寧でして、私もそうですがM属性ない人でもここに書かれている主人公の心情を参考にすればどのようにMプレイが愉しめるのかが分かる、主人公(Mの人)の心の中とか心構えが丁寧に描かれてるから「こう考えるとよい」「こう思うとこのエロシーンが愉しめる」というのがはっきり分かるわけです。そういったことをMシチュに限らず様々なエロシーンで実践している。そして最終的にそれらのエロシーンを「女の子のほうの視点で描く」というのがクリア後の回想枠に出現するのです。こんなの死ぬしかないじゃん!!こんなの女の子の視点から描かれたら射精しすぎて死ぬしかないじゃん!! クリア後にはここまでのアウトソーシング性とかの取り繕いを全部破棄する。もう何これ、圧倒的に天才じゃね、としか言えないわけです。
エロシーン以外も勿論面白くて質が高いです。たとえば主人公がもうこれ以上ないくらいに中高生くらいの男子の心情を完全再現しているんじゃねえかってくらいの按配でクソなところがあるのとか。うわ~この主人公保身だらけじゃん自分可愛さが最優先じゃんあれもこれもやらない理由探しばっかりじゃん~クソじゃん~ってなるんですが、よく考えたら中高生くらいの俺が同じ状況に立たされたら絶対こうなるな、クソだけどこれはリアルなクソだな、となるところなど良い具合に人の心を抉ってきます。哲学的なものやシスターコントラストでもあった世界設定の謎の深さなんかがそのままシナリオにある種の深みを与えているのも上手い。かりんがしょっちゅう「えへへ」と笑うのも最初はうぜえくらいに思っていたのだけど毎回毎回どんな時も「えへへ」って笑ってくるからさあ!!最終的にはその「えへへ」笑いが可愛くて可愛くてたまらなくなるんだよお!! ってところも最高です。エロに関してはまさに天才の仕事ですが、他の部分も非常に良いです。本当、天才にエロゲ作らせるとこうなる、という見本のようなゲーム。

Renaissance(2001、JIN/スクランブルハウス)

発売当初は『Sense Off』と並ぶ哲学ゲーの代表格としてよく名前が挙げられていた作品。言語学/言語哲学、宗教学/宗教史、日本史/世界史、美術/美術史、西洋哲学・隠秘学・オカルトなどがバンバン出てきて、そして最も驚きなのがそれらが知識自慢でも箔付けでも衒学的でもなく、全て物語に密接に関わっているということ。そして物語自体も張り巡らされた伏線と驚きの展開、見事な伏線の回収と、いわゆる「埋もれている名作」と呼ばれるような作品だと思うのですが、埋もれているのが本当勿体ないくらいです。先に挙げたキーワードに少しでもピンときた方、特に言語哲学とか宗教(主にキリスト教)とかあまり他のエロゲでは見かけない要素が上手く活用されているところは実に見事ですし、是非プレイしてみましょう。
ただシステム面や攻略難易度は今の基準でどうこうではなく2001年当時の感想サイトを見てもアカンわ…これアカン……みたいなこと言われる男気溢れてるガチ仕様。セーブは作中時間で1日1回のみロードはタイトル画面からのみバックログ既読スキップは勿論なし。そして圧倒的な攻略難易度! バグで攻略できないとか『仏蘭西少女』みたいなルート構造やED数が膨大なゲームを除くとっていうかつまり普通の共通ルートから個別ルートにそれぞれ分岐ってスタイルのゲームの中では恐らく21世紀における最恐レベルの攻略難易度じゃないかな……! 作者さんは普通の選択肢&分岐スタイルのゲームが性に合わないので敢えてこうした、それこそ古風なシステムの復活(ルネサンス)と仰っておられますし、そういう意味では自力で攻略してこそ、なのかもしれませんが、でも攻略サイト見ないと正直死ぬよこれは……!

*1:さっきから百合百合言ってますが実際には百合な描写は無いに等しいくらいですが百合に見えれば百合なんだよ俺の中ではなってしょこめざ3話でも言ってたし…

*2:ショートケーキを与えられた子供が喜んでるのは、その子がショートケーキ好きだからというだけではなく、ショートケーキを与えられて喜ぶ自分を見ると両親が喜んでくれるということを知っているから、つまり両親を喜ばせるためにショートケーキを与えられて喜んでいるのだ、勿論両親が喜ぶこと=自身の喜びでもあるのだから、つまりショートケーキを与えられること=喜びである、というフロイトさんのショートケーキ子供に関する洞察的なアレと同じ的なアレ

*3:本来、「理想的な妹」みたいな言葉はあり得ない。なぜなら妹は兄を選べないように兄も妹を選べない、つまり目の前にいる妹は唯一代えのきかない存在であり理想的であろうが理想的でなかろうが彼女こそが妹なのだ、変更などないのだ。だからこそ「理想的」などという目の前にいない幻想に恋慕することは万死に値する無意味さだ。しかしだ、しかしそれでも尚、「こういう体型が好み」「こういう性格がタイプ」「こういう声が好き」みたいな、単純な好き嫌いみたいなものは誰だってある。それことを想うことは決して罪ではないだろう。目の前にいる唯一の代替不可能なあなただけの妹にその理想を求めない限りにおいては。

*4:ルートによっては出産とかはなかったりするけど

*5:正しくはもう一人いるけど一応ネタバレなので(真理花のは開始直後に分かること)

*6:しかしCGは殆ど見劣りしないと言っていいくらいすごいレベル高くてビックリします。てゆうか美しい。10年前の作品とは思えないくらいめっちゃ美しい…

*7:たとえば05年版は結構重要なシーンのキャラの心情描写でも「……」をめちゃくちゃ多用してて、敢えて描写しないという手法を取っていたのですけど、逆に言うとそれに(つまりプレイヤーの想像や行間を埋める能力に)頼りきっていたわけです。重要なシーンにも関わらず。しかし09年版はそこをちゃんと描くようになっている。勿論『大図書館』や『ユースティア』はもっと進化していると言っていい(必要に応じては三点リーダのみも使うけど)